60 / 351
—— 迷う心とタバコ味の……(36)
「それに、直はモテるんだろ?」
―― え?
「可愛い顔してるもんね?学校中の女を食ってるって、噂訊くよ?」
それは、少しは当たってるかもだけど……。
「が…… 学校中なんて、そん…… なこと、ないです」
「そうかなぁ、まあ、モテるのは分かるよ」
桜川先輩がそう言うと、他の二人も同じように言ってくる。
「いいねぇ、可愛いナオくん。 よりどりみどりで」
「今度、イイ女いたら紹介してくれるー? なんちって」
苦しい会話が続いて、早く切り上げて帰りたいけど、なかなかキッカケをつかめない。
―― それに俺…… なんだか……
「…… あ、あの、俺、そろそろ帰ります」
早くこの場を立ち去らないと、いけない予感がする。
「え? まだいいじゃない。電車もまだあるでしょ?」
「…… じ、実家に帰らないと、い、けないんで…… と、遠…… いから……」
なんだか上手く喋れない……。
「えー、そうなんだ、じゃあ、引き留めちゃ悪いかぁー」
「す、みませ、ん」
俺はそう言って立ち上がり、壁際の長椅子の所に置いてある、自分のジャケットを取りに行こうとした……。 だけど何故か足が重い気がして、思うように動かない。
目の前の柱に掴まろうと、手を伸ばしたけれど、遠近感が鈍くなっているのか、あると思った位置に柱は無くて、掴もうとした手は空を切り、バランスを崩してしまう。
「おーっと、危ないよ」
伸びて来た桜川先輩の腕に支えられて、なんとか床に倒れる事は免れたけど……、
「…… ッ」
触れられた途端、体が跳ねて一瞬のうちに全身が熱く火照った。
「どうしたの?」
「あッ…… だい、じょうぶ」
「大丈夫そうじゃないけど? そこの長椅子にちょっと座ろうか」
そう言って、桜川先輩は、今にも床に崩れ落ちそうな俺の体を引き寄せるように、腰に腕を回した。
「…… ッ」
また、ビクンと体が戦慄く。
腕を回されている腰の奥が熱くてドクドクしてる……。 この感覚は、まるで……。
漸く椅子に辿りつき、這い上がるように椅子に座って、背もたれに身を預けた。
「なんか顔が赤いよ。 熱、あるんじゃないの?」
そう言って、桜川先輩が額に触れた途端にまた体が跳ねて、咄嗟にその手を払い退けてしまった。
「あ、す、みません、俺、なんか…… 変…… で……」
「ホント、変だね?」
そう言いながら、桜川先輩は俺の隣に腰を降ろした。
俯いて顔を隠す俺の前髪を、桜川先輩が指で掻き分けながら、クスクスと可笑しそうに笑う。
「…… だね」
桜川先輩が、何を言ったのか、最初は聞き取れなかった。
「…… え?」
訊き返すと、桜川先輩は俺の耳元に顔を寄せる。
今度は、はっきりとした低い声が耳に届いた。
「これはきっと、女の子食べ過ぎて、いい気になり過ぎた罰だね」
ともだちにシェアしよう!