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本当の運命の番

一人家に残った幸弥は食器洗いを終えると、暇を持て余してしまい、広い家の中をふらふら見て歩いていると、インターホンのチャイムが鳴り、来客が来たことを知らせた。 来客の正体は、今日から働いてもらう使用人であろうと察しがついていたので、相手を迎え入れるために玄関に向かい扉を開けた。 目の前には若い青年が立っていた。時政と同い年くらいだろうか、前任が老紳士だったため、勝手にもっと高齢の男性をイメージしていたので少々驚いた。 黒色の短髪に、ビジネススーツの上からでも分かる、スポーツをしていたのだろうと思われる引き締まった体躯。如何にも面倒見の良い兄貴分といった雰囲気を醸し出していた。 青年は背筋を伸ばし、はきはきとした口調で。 「今日から、働かせていただきます。加藤英臣です。どうぞよろしくお願いいたします」 と幸弥に挨拶をし、頭を下げた。 下げていた頭を戻し、向かい合ったお互いの瞳が合った瞬間。 「あっ」 ほぼ同時に呟いた。 途端に幸弥は首筋にざわめく様な感覚に襲われ、次に内側から熱を帯び始めてきた。 ーー発情期になった? しかし今回のそれは、いつもとは違っている。 息遣いは荒く乱れてきて、首筋から始まった発熱は下半身にも伝播し、局部は勃ちあがり、後孔には蜜液が溢れでて下着を汚してしまっている感触があり気持ち悪い。 ーーこんなに症状が酷くでるなんて。 必要以上に全身が敏感になり、いてもたってもいられない。眩暈を起こしながらも目の前の青年、英臣を見ると彼の方も様子がおかしい。 英臣も自分の胸元を強く掴み、苦しそうに肩で息をしていた。お互い意識が途切れそうなくらい朦朧としながらも、その瞳を逸らすことが出来ない。 ーー運命の番 幸弥がそう思った瞬間、英臣は幸弥の両手を掴み、壁に押しやった。 幸弥はあっと思う間も無く、簡単に壁側に追いやられ、乱暴に唇を奪われた。 「あっ……んふぅ……」 幸弥の唇は肉厚な英臣の舌にこじ開けられ、熱のこもった舌が口内に進入してくる。 「ふぁっ……はぁっ」 英臣の舌は幸弥の舌に絡みつき縺れ、唾液が溢れ、口の端からはしたなく流れ出ていく。口蓋から喉まで舌を這わせて進入されると苦しさで嗚咽が漏れそうになった。 「はあっ……苦しっ、もうっ……」 英臣の噛みつく様なキスで口内を蹂躙され、止めどなく溢れる互いの唾液は、唇の位置を変える度にグチュグチュと隠微な音を立てて幸弥は耳を塞ぎたくなるほど恥ずかしくなった。 キスが深くなるにつれて身体の密着度も増していき、英臣の厚い胸板が触れ合う度に過敏になった幸弥の乳首は腫れ上がったかのように形をあらわし、着衣の上からでも感じるほどに熱くなった下半身が擦れ合うと、その熱い塊を欲して、幸弥の後孔は疼き、蜜液でしとどに濡らした。 「はあっ……あぁっ……変になるっ」 もう、理性が限界だった。 「もぅ……欲しい」 幸弥が自分でも思いがけないようなことを口走ると、英臣は幸弥の両手を弾くように離し、少し距離を置いて口元を押さえながら必死に呼吸を整えた。 まだ身体中に熱を帯び、理性もギリギリだったが、なんとか踏み止まった英臣は頭を振りながら。 「……申し訳ありませんでした」 苦しそうに、そう一言いうと、身体に力が入らず、その場にへたり込んでしまっていた幸弥を抱き抱えて、二階の部屋へと運んで行った。 「俺も、まだ完全にヒートが治まったわけではありませんので、俺が出て行ったら内側から鍵をかけてください」 幸弥の自室のベッドに寝かせると、英臣はそのまま足速に部屋の外へと出て行った。 ーー彼が運命の番。 幸弥はそう確信した。 相変わらず発熱は止まらないし、それどころか、身体の奥底から滲み出る、彼を求める欲求が強くなるばかりだ。 本能的に英臣を欲する感情と共に、頭の片隅に時政のことが浮かび上がった。 ーー時政さん、どうしよう。 初めこそ強引であったものの、今は幸弥の気持ちを尊重し、心が通うまで待ってくれる優しさをみせるようになった時政を裏切ることになることが忍びなかった。 「はぁっ……あぁ……」 そんなことを考えている間も、発情した身体の疼きは治らない。 幸弥は少しでも楽になりたい一心で、下着を下ろし、そそり立った自分のモノを握りしめて上下に動かしてみた。 「ふぅ……うぅん、あぁ……」 背筋から痺れるような感覚が伝い、熱く膨らんでいく。しかし、その刺激だけでは物足りず、幸弥は少し躊躇しながらも、自分の指を蜜液で十分に潤った自身の後孔に押し付け、孔の内へと入れてみた。 「んっ……んっ……」 時政にされた時のことを思い出し、指を奥に進めていくと、疼きが甘い感覚に変わっていく。 「んっ……ふぅ」 両手を使って、前と後ろを慰めていく。 だんだん昇りつめていき、劣情が爆ぜそうになる瞬間、頭に浮かんだのは二人の男。 「あぁあぁっ……!」 時政と英臣、二人に同時に嬲られる自分の姿を想像し、達してしまった自分の浅ましさにいたたまれなくなったが、もう思考が覚束なくなるほどに身体の自由が利かなくなってきて、幸弥はベッドの中で、その日一日は泥のように眠ってしまった。 翌日、まだ身体は鉛を貼り付けたように重く、怠くて仕方なかったが、御手洗に行きたくなり、幸弥は足元をふらつかせながらも部屋を出て行った。 御手洗を済ませ、隣の洗面所で火照った顔をスッキリさせたくて顔を洗ってから洗面所を出ようと、ドアノブに手をかけようとしたところ。 「幸弥さん」 扉の向こうで英臣の声が聞こえてきたので、幸弥は手を止めた。 「扉を開けずに聞いてください。オメガ用の発情期抑制剤の強力なものと特効薬を用意しておきました。幸弥さんの部屋に置いておきましたので服用してください」 英臣の声を聞いているだけで、また酷い発情が始まってしまいそうで、幸弥はヒヤヒヤしながら、大人しく扉越しに英臣の言葉を聞いていた。 「ありがとうございます。あの、英臣さん、お手数おかけしてすみません」 「いえ、俺の方こそ、不躾にあのようなことをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」 扉越しになので、見えないのは分かっているが、英臣は律儀に向こう側の幸弥に対して頭を下げて、謝罪の言葉を口にした。 「では、俺は失礼します。抑制剤を服用したらキッチンに朝食を用意してありますので、いらしてください」 それだけのべると、英臣はまた一礼してから、洗面所を離れ、廊下を歩いて行った。 英臣の気配が完全にしなくなったことを見計らってから、幸弥は扉を開けて部屋戻ると、テーブルの上に紙袋と水の入ったグラスが置かれていたので、中身の抑制剤を取り出し、水と一緒に飲み込んだ。 十数分くらい、椅子に座って安静にしていると、抑制剤が効いてきたのか、気持ち身体が軽くなったように感じた。いつもは、抑制剤を服用してもなかなか倦怠感が抜けなかったが、やはり強力なものは効きが違うのだろう。 体調もだいぶ良くなったので、言われた通りに幸弥はキッチンに向かうと、テーブルの上に朝食が並べられていた。トーストに小振りのオムレツ、彩のよいサラダに搾りたてのフレッシュジュース。どれもレストランで出てきそうな仕上がりだった。 「いただきます」 その場に一人しか居なかったが、作ってくれた敬意を払うためと、手を合わせてしっかりと挨拶をしてから食事に取り掛かる。見た目も完璧たが味も完璧で、どれも美味しく、幸弥の腹を満たしていった。 食事を終えて、食器を片付けようとしていたら、後ろの方から英臣が扉を開けて入ってきた。光って見えるほどの真っ白なシャツにブラックのベストとパンツを合わせていて、それらを隙なく着こなし、いかにも執事といった出で立ちに見えた。 英臣は中にいた幸弥を視界に確認すると、食器を片付けようとしているのだろうと察し。 「後片付けは俺がやりますので、そのままで結構ですよ」 柔和な笑顔を幸弥に向け、手早く食器をシンクの方へと片付けていった。 「英臣さんもアルファなんですよね」 シンクの前で食器を片付けている英臣の背中越しに、そう問いかけてみた。 ベータでもオメガの発情に煽られ、襲ってしまう場合はある。英臣の場合はやはりアルファ的な発情であるように感じたが、まだはっきりと聞いていなかったので確信が欲しかった。 「はい、ご察しの通りアルファです」 ーーやっぱり英臣さんが。 運命の番になれるのはアルファとオメガだけだ。一目見ただけでお互いがどうしようもなく惹かれあってしまう。英臣と目が合った瞬間、たしかに幸弥は感じていた。 ーーこの人と番になりたい。 しかしこれは幸弥の一方的な想いで、英臣はどう思っているのかはまだ分からない。本当に運命の番という存在なのか、英臣の方も幸弥と番になることを望んでいるのか。 しかし知りたい反面、知ってしまうのが怖くも感じていた。ただ一目合っただけで、運命を決めてしまって良いものなのだろうか。それに、番のことを考えると、英臣だけでなく時政のことも思い浮かぶ。 ーー僕は、どちらと番になりたいんだろう。 自分の気持ちの問題なのに、幸弥自身が分からなくなっていた。 「幸弥さん」 洗いものを片付け終えた英臣に名前を呼ばれ、整理のつかない考え事をしていた幸弥はハッと我に返った。 「はい?」 「強力とはいえ、抑制剤にも限りがあるでしょう。発情期の間は部屋でゆっくり休んでください。俺と時政様もアルファ用の抑制剤は服用しておきますが、何かあってはいけないので」 抑制剤を服用していても、発情期中はいつどうなるか分からない。しかも、発情中のアルファとオメガが繋がれば、ほぼ確信に妊娠してしまう。 「でも、幸弥さんの身の安全は保証しますので、何かありましたら、遠慮なく申し付けてください」 英臣は柔らかい物腰で、優しく幸弥に話しかけてくる。オメガにとって、発情期がどれだけ辛いものか、きちんと理解をしていることからくる優しさなのだろう。 今まで、オメガであることを疎まれ、時にイジメの対象にすらされていたのに、こんな風に優しく気遣ってもらえるとは思っていなかった。 そんな英臣に幸弥はどうしようもなく惹かれていた。しかし、この感情がオメガとしてのものなのか、幸弥自身のものなのか判別できず、幸弥は、ただただ慕情のこもった瞳で英臣の姿を見つめていた。

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