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第1話 息子の友達
息子、はるとが恋人を連れて来ると言ったのは、はるとの二十歳の誕生日だった。
毎年恒例、二人での誕生日会が一変。三人での誕生日会になった。
その時の清十郎は、はるとの恋人がまさか隣に住むはるとの幼馴染である大成だとは思ってもいなくて、可愛い女の子を連れて来るとばかり思っていた。
『パパ。大成だよー』
でも、紹介して来たのは毎日見る大成で、その後ろには誰もいなかった。
その時の清十郎の心理はぐちゃぐちゃで、どんな反応をしたら良いのか分からなかったが、面倒見が良く、はるとと同い年なのに大人びている大成を受け入れないという頭は無かった。
それに、はるとが大成の隣にいるといつも幸せそうだった。
そんなはるとを大成も愛おしそうに見詰めている。
そんな二人を、清十郎は認めないわけにはいかなかった。
妻が男と出て行って十五年。その間、寂しい思いをさせて来たはず。なのに、はるとはいつも笑顔で清十郎の側にいてくれた。
それはきっと、大成が側にいてくれたからだと清十郎は知っている。
それを知っているから、清十郎は大成を心から歓迎できたのだった。
少し時間は掛かったけれど……。
「おはようございます」
三十分後。洗濯物を干しているとチャイムが鳴って、大成がはるとを迎えに来た。
大学も一緒の所に進んだ二人は、幼稚園からずっと一緒に通っているのだった。
「ごめんなー。はると、今朝ごはん食べてるんだよ。……て、誰?」
清十郎は大成の後ろに隠れている人物に気付き、咄嗟にそう大成に聞いた。
「あ、こいつは……」
「あっ、おっ、おはようございます。ぼ、僕、弓月(ユズキ)って言います。はると君と同じ大学に通ってて…あの……」
「えっ、あっ、そうなんだ。いつも息子がお世話になってます」
清十郎は綺麗な顔立ちの弓月に一瞬見惚れてしまい、咄嗟に言葉が出なくなってしまったが、慌てて頭を下げ挨拶を交わす。
「よかったら二人共中に入って。まだ時間あるよな?」
そして、頭を上げて二人を中へと招いた。
はるとは大成と弓月がリビングに来た事に驚き、慌てて手を動かして黙々と食べ始める。そんなはるとに、大成はクスクス笑いながら近付き、唇に付いた米粒を取るとパクッと自身の口に入れた。
「た、大成!?」
「ゆっくり食えよ。まだ時間あるから」
「う、うん!」
大成はそう言ってはるとの隣に座り、優しく見詰める。そんな優しい眼差しを受けながら、恥ずかしそうに食べるはるとだった。
「えっと……弓月君はその……」
「え……?」
清十郎はイチャつく二人をそっと見詰める弓月が気になり、隣に行った。そして、弓月は二人の関係を知っているのかを聞こうとしたが、それを先に弓月に言われてしまう。
「あっ、知ってます。二人が付き合ってる事」
「そ、そうなんだ」
「はい。二人の口から聞きました」
弓月は嬉しそうにそう清十郎に言うと、ハッとした表情をして、次にパッと視線を逸らして来た。
その態度に、何故かショックを受ける清十郎。
(俺、何かしたか?)
弓月は人見知りな性格なのだろうか。それとも、この強面の顔が悪いのだろうか……。
清十郎は隣にいる弓月の旋毛を見詰め、どうしようかと戸惑った。
そんな事を気にしていると、あっという間に時間が経ってしまった。
早く家を出ないと遅刻決定だ。
「は、はると! パパ、仕事行かないと行けないから戸締りよろしくな!」
「うん。行ってらっしゃい」
と言って玄関まで走ると、さっきまでの晴天が嘘のような雨の音が聞こえて来た。
う、嘘だろー! と慌てて引き返してリビングに戻る清十郎。
「は、はると洗濯物入れてく……」
そう言った瞬間、雨に濡れながらベランダで洗濯物を取り込んでくれている弓月の姿を見てしまう。
弓月はそんな清十郎に気付かず、せっせと洗濯物を取り込んでくれていた。
「パパ、どうしたの?」
「じゃ、ないだろ! なんで弓月君が洗濯物取り込んでくれてんの!?」
「あっ、本当だ! 雨降ってる!」
はるとは雨が降っている事に気付いていなかったようだ。隣にいた大成はトイレに行ったようでこの場にはいなく、雨に気付いたのは弓月だけだった。
「あ、ごめんなさい。勝手に触って……」
弓月は洗濯物を中に仕舞うと濡れた前髪を掻き上げ、申し訳なさそうな顔を清十郎に見せた。その仕草は色っぽく、またドキッとさせられる。
「い、いや。そんなのどうでもいいよ。弓月君こそ濡れてしまって申し訳ない。ありがとう」
「いえ、気付けて良かったです。急に激しく降りだしたから取り込んだ方が良いかなって」
なんて気が利く子だろう。こんな子、今まで見た事がない。
「お父さん。早く行った方が……」
「あっ! 時間!」
清十郎は弓月にそう言われ、走って地下鉄まで行かなくてはならなくなり、慌ててまたリビングから離れる。けれど、ピタッと止まり弓月に言う。
「弓月君、今度お礼させてね! じゃ、また」
「えっ? お礼なんてそんな……」
清十郎は弓月の言葉など聞かず、傘をさしながら慌てて家を飛び出した。
そして、弓月の顔を思い出しながら、清十郎は会社へと向かったのだった。
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