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第6話 弓月の心
三十分くらいは走っただろうか。
四十三のおっさんにはその距離は長く、昔みたいに軽く走りきれる体力は無かった。
ようやく弓月が住むアパートに辿り着いた清十郎は、意を決して、二階の一番端で見付けた弓月の名字が書いてある表札のチャイムを鳴らす。
でも、バイトに行っているのだろうか。中から何も音はしなかった。
「まぁ、そうだよな……バイトだよな」
そう思ったが、この場から離れる事ができない。
弓月の顔が見たい。
その気持ちが大きかった。
そんな時だ。下から弓月の声がした。でも、その声は弓月だけの物ではない。
そっと、二階からその声のする方を見ると、やっぱりその声の主は弓月で、もう一人は何やら派手な形をした男がいた。
「なぁ、ここまで来たんだから部屋に入れろよ」
「せ、先輩が勝手について来たんですよね? なんで部屋に入れなきゃ……」
「ハァ? いいだろ。昔、お前が何をしてたのかバラすぞ」
「! な、何言って……」
「金の為に身体売ってたの。俺、知ってるよ」
「!」
「お前が相手してた中年男の中に、俺が中年狩りした男もいた。その財布の中に、隠し撮りされたお前の写真が入ってたんだ」
「う……嘘……」
「嘘じゃねーよ。ほら、これがその写真」
「!」
ピラッとジーンズのポケットから取り出した一枚の写真。それはここからは見えないが、その写真を見た弓月の態度が一変したのは分かった。
「よーく、撮れたんだろ。バックから挿れられて気怠そうなお前の顔がちゃんと写ったハメ撮り。こんな痣だらけに抱かれりゃ撮られてるのも分かんねーよな。フハハッ」
「……その写真。一枚だけですか?」
「あぁ、一枚だけだ。安心しな。でも……」
「僕の態度でどうなるか決めるって事ですか?」
「そういう事」
男はそう言って、ニヤニヤと笑った。
弓月がもう自分の物になったのだと確信を得たのだ。
「……分かりました。二階が僕の部屋です」
「最初からそう言えよ」
「……そうですね」
弓月はそう言って、悲しげな表情をしながら階段を指差し、御満悦な男に腰を抱かれ二階に上がろうとした。
でも、それを清十郎が慌てて階段を降りて止める。
「待て! それは脅しだろ? 同意には思えない」
「! せ、清十郎さん……」
「ハァ? なにこのおっさん」
男は弓月をドンっと押し、清十郎に向かって睨め付けて来た。でも、強面で長身で、肩幅も広い清十郎は、立っているだけでも威圧があるらしく、男は少し怯えていた。
「写真を渡せ」
「なっ、ふざけんなよっ! 誰が渡すか! っておい!」
弓月は男が清十郎と会話をしている隙を狙い、背後から男が手に持っていた写真を奪った。
その瞬間、弓月は男に肩を押されてしまい地べたに突き飛ばされてしまう。
「イタッ……」
そのせいで弓月は肩を打ったらしく、その場で蹲った。
「弓月!」
清十郎は慌てて弓月に駆け寄り、肩を抱く。
弓月は痛みに脂汗を滲ませ、動けない。
「警察を呼ぶか? そんな事をしたら、君の将来が全てパァだ。どうする?」
「くそっ……わっ、分かったよ。もう、弓月には絶対に近寄らない。だから、警察は勘弁してくれ」
「なら、早くここから立ち去れ。弓月の前に二度と現れるな」
「は、はいっ」
男は顔を真っ青にして、この場から足早に消えた。
それを見届け、清十郎は弓月の痛む肩を摩った。
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