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第7話 濁流と清流
弓月は何度も大丈夫だと言った。けれど、その身体は震えていて、清十郎は弓月の身体を抱き上げて階段を上がる。
「清十郎さん……」
「大丈夫だ。肩、動かさないようにしろよ」
「……はい」
弓月は素直に頷くと、ギュッと清十郎の腕を掴む。それが、更に清十郎の心を揺るがす。
「ど、どうぞ……」
玄関前で静かに降ろすと、弓月は震える手で鍵を取り出しドアを開けた。そして、中に入れてくれるのだった。
「お邪魔します……」
部屋の中は殺風景で、物がそこまで無かった。あるのは小さな卓袱台と小さな冷蔵庫。
バイトから帰って来て寝るだけの部屋。そう言うような部屋だった。
弓月は中に入ると清十郎を座らせ、自分は立ったまま言葉を探していた。
「こ……珈琲でいいです?」
「そんなのいいから、こっち来い」
「でも……はい……」
弓月は戸惑いながら清十郎の言う事を聞き、清十郎の隣にちょこんっと座った。
そして、肩を見せろと清十郎が言うと、弓月はそれを頑なに拒んだ。
「ちゃんと手当てしないと駄目だろ」
そう言っても駄目だった。
「いえ、大丈夫です……こんなの慣れてますから……」
「慣れてる?」
弓月はそう言うと下唇をギュッと噛み、男から奪った写真を清十郎に見せてきた。
「これ……」
「僕です。高校の時に……お金欲しさに身体を売ってました……」
弓月はそう言うと、今にも泣き出しそうになりながら、ゆっくりと話し出す。
「大学に行きたくて……でも、どう頑張っても奨学金だけじゃ駄目で……。だから、高校二年の時、お金を持ってる男の人に抱かれ続けてました……」
色んな事をさせられた。
変なプレイを好む男が多々いた。でも、それを我慢すれば大金が入る。そう思うと我慢ができたと弓月は言う。
「施設育ちの僕には、そうするしか無かったんです……」
「弓月……」
「大学に行くのは中学時代からの夢で……それを諦めるのはできなかった。でも、後悔なんてしてないです。だって、それが無かったら……はるとにも大成にも……清十郎さんにも……会えなかった……」
そう言って、震えながら泣き出す弓月。
今まで一人で抱えていた物。隠し続けていた事が清十郎に知られ、どうしたら良いのか分からないようだ。
強がり。そんな感じもする。
〝後悔なんてしてない〟と弓月は言ったが、そんなの嘘だ。
弓月の心は深く傷付いている。
清流のような汚れなき子かと思っていたが、それは清十郎の勝手な思い込みだった。
弓月は誰よりも世間に負けないように一人頑張って来た子だった。
濁流に流されないよう、自分の夢に向かってただひたすら真っ直ぐに進んで来た子だった。
「弓月……」
「僕は……清十郎さんの思ってるような人間じゃ……ないんです。はるとみたいな華麗な子じゃ……」
「ないなんて言わせない」
「清十郎さ……」
清十郎は弓月の腕を引き、強く抱き締めた。
その身体ははるとよりも細くて華奢で、これ以上強く抱き締めたら折れてしまうのでは。そう思うほどの細い身体をしていた。
「俺は弓月が綺麗でしか見えない。それに、過去は過去だ。俺だって昔は褒められるような事をして来てない。濁流みたいに汚れきってる。だから、弓月は綺麗だよ……」
「清十郎さん……」
清十郎はそのまま弓月の身体を押し倒した。
もう、自分に嘘はつけない。
この子を守りたい。大切にしたい。側にいてやりたい。
そう強く思った。
「弓月が好きだ……」
「う…嘘……」
「本当だ。こんなおっさんでいいならだけどな」
「そんな、清十郎さんはおっさんなんかじゃないです。こんなにカッコいい……」
「フハッ。そんな事を言うのはお前だけだよ」
弓月が真剣な顔でそう言うので、清十郎は笑ってしまった。
そんな事を言うのは弓月くらいだろう。
これから先、ずっと。
清十郎はニコッと笑って弓月の唇にキスをした。そのキスに、弓月も応えてくれた。
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