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第5話
朝の小さな約束を交わした次の日、今日は日曜日。特に大きな予定も仕事も無く、久々のまともな休日だった。折角の休みだというのに早く目が覚めてしまったので二度寝を試みる。と、目を閉じたところでインターホンが鳴り響いた。面倒ではあったが重い腰を上げ仕方無くドアの向こうの様子を覗いてみる。そこに居たのは。
「……え」
霖だった。普段よりだいぶラフな…というか、この格好は見た事がある。あの日の服装だ。全身真っ黒の不審者スタイル。側から見たらだいぶ怪しい光景だろう。考えるより先に慌ててドアを開いた。
「…どうした?」
小さくドアを開けるとそれに気付いた霖が軽く頭を下げ、口を開いた。
「すみません、お休みなのに。寝てましたか?」
「いや、丁度今起きたところ。で、お前こそ休みなのにどうしたんだ」
「…非常に申し上げにくいのですが」
.
.
「お待たせしました」
霖の用事は"コンビニに行きたい"というものだった。行きは分かるが来た道が分からなくなってしまう、というなんとも不思議な事を言っていたが、それが方向音痴というものなのだろうか。一先ずいくつかの食糧を買って出て来た霖は、申し訳無さそうにこちらを見てくる。
「すみません、本当に。わざわざこんな用事に付き合ってもらってしまうなんて」
「いや、これくらい苦じゃないんでね。お前に迷われるよりマシですよ」
「…ありがとうございます。…あ、その、お詫びと言ってはなんですが。これ」
そう言って控え目に差し出されたのはサンドイッチとミートドリア。朝飯の事を何も考えていなかったのでありがたい。
「はは、お前も律儀だな。でもありがたく貰っとくわ、今日の朝飯に」
「ちなみに昼はどうするんですか」
「え?…うーん…朝も考えてなかったし昼はもっと考えてねえなあ…」
「…なら、俺のところに来ませんか」
「………ん?」
「昼飯、いつものお礼も兼ねて俺が作ります。この間新木先生と会った日にスーパーにも行ってて。材料なら揃ってるんです。こう見えて料理は結構得意なんですよね」
ツッコミどころが多すぎて頭が追い付かない。まずスーパーまでどうやって行ったんだ。本当に何者だよこいつは。それから料理が得意というのは確かに意外だ。帰りもコンビニで食糧調達している姿しか見たことが無い上に今日もコンビニ弁当を買っている。この霖が作る手料理というのは興味深い。
そして、
「行って良いのか、お前の部屋に…」
最大の疑問はここだ。ここ数日でそこまで心を開いてくれたのだと喜んで良いのだろうか、流石に突然で驚いてしまった。折角昼飯をご馳走してくれると言っているので断る理由も特には無いが、もし気を遣って言っているのであれば何だか申し訳無い。
「良いから言ってるんでしょう。…あ、余計な心配は要りませんよ。俺が呼びたくて呼んでるので、お気になさらず」
まるで俺の心の中を読んでいるかのような返答が返ってきて内心ホッとする。そこまで言うならお言葉に甘えてお邪魔するとしようか、何か新発見があるかもしれない。
それじゃあ昼は頼んだ、と一言告げたところで丁度アパートへ辿り着いた。それぞれの部屋の前でまた後でと軽く挨拶を交わす。
また後で。
その言葉が何だかやたらとくすぐったかった。
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