23 / 64

対峙

ガチャ ドアノブが回る Tシャツとハーフパンツの三田さんが戻ってきた 『ロンググッドバイ』を持っている。読んだんだ…。 二本目のワインのコルクを抜く頃、三田さんのビンは2/3が空になっていた 「郁俺、酔ってる。。それもけっこう」 「それだけ飲めばね。水飲みながらじゃないと明日たいへんだよ?」 「郁のほうが飲んでるだろ、俺はまだボトル空いてないし」 「いや、ワインとウォッカじゃ度数が違うよ。本当に酔ってるね、三田さん」 「郁…あのさ」 いつも僕の目を見て話すのに、今視線は手元のグラスに注がれている 「なに?」 「清香のことなんだけど・・・」 「かわいい彼女だね」 「・・・いや、彼女じゃない。違うんだ。 それに清香のことを説明するとさ…俺のことも言わなくちゃいけないんだわ」 『始まってもいないのに、終わった・・・』  そう言っていたね、三田さん。 「俺さ…逃げてきたんだ、ここに。逃げること以外に思いつかなくて、逃げてきた…」 グラスが滑り落ちそうになって指に力を込める。 僕と同じだ。逃げて、こんな遠くの暑いところにやってきたのか… 「でもさ、俺、本当は雪がみたい…」 「・・・うん」 雪、そうだね。真っ白で、雪に映る影は黒ではなく青。茜の赤い皮、真っ白な果肉 とりとめなく色の記憶が瞼の奥に映り出す 「会社の同期のヤツがさ、小学生の頃の同級生だったんだ。 結構仲よかったんだけど、そいつ親の都合で転校しちゃって、それっきりだったんだけど偶然同期として再会したわけ。良き同僚で良き友、飲み友達で遊び友達。いつも一緒にいた。 俺さ、どうも女より、男のほうがしっくりくるんだ・・・ 」 グラスを握る三田さんの指に力がこもる 僕は何か言うべきか?言わないほうがいいのか? わからなかった。だって僕もそうだから。でもそれを言ってどうにかなるものでもない 三田さんはチラっと僕に視線を合わせたけど、すぐにグラスに戻して一口すする 「俺、そいつのことが好きだった。どうしようもなくね。でも言ったら終わりだってことくらいわかっていた。 だからずっと押し込めていた 1年以上は何とかやってこれた。 郁と飲んでるみたいにさ、そいつの家で飲んでた。アイツは先に寝たんだ。 俺はそのまましばらく一人で飲んでた、ただちょっとだけ、寝顔が見たい、そう思ったんだ。 みるだけならいいだろうって。どのくらい見てたのかな・・・バカいって笑っている顔と全然違った表情だった。俺は思わず唇を重ねた… そんなつもりじゃなかった・・・・体が勝手に動いたんだ」 「・・・そう」 「でもね、次の瞬間、殴られて床にへたりこんでいたんだ、俺 そして言われたよ『ばかにしてんのか!気持ち悪いぞ!』ってさ」 よくある話だ。気持ち悪いか・・・。まあ、そうなんだろうね 『あなたが女だったら、女だったら!私はこんな…』 底の底におしこめているのに噴きだそうとする。これ以上暴れ出す前に口を開かないと 「それで・・・ここに来たの?」 「あいつは俺と同じプロジェクトはムリだ、俺をはずしてくれと上司にいった。 ずっと仲の良かった俺達が口も利かなくなったわけだから、周りも気にしていたし、まあ、興味もあったんだろうな。 酒の席で女の取り合いでもしたのか?とからかわれて、あいつは俺に迫られたと口を滑らせた。 俺の居場所は完全に無くなった。結果、まもなく会社を辞めたよ」 うん、わかるよ、僕も辞めたから。だって居られるわけがない。 『告訴することもできるが?』『こんな風にするために育てたわけじゃない!』  『助からなかった…。安定期に入る前だった』 『お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃんから手を離して!』 一気にノイズが噴きだす。ワインをあおったけど効果がない。 「郁、俺のこと…気持ち悪い?」 半分泣きそうな顔をした三田さんの声で、僕のノイズは静まる 「いや、気持ち悪くないよ。誰かを好きになるのに、綺麗、汚いもないよ」 三田さんの目の奥が揺れる 本当は、僕が誰かに言ってほしいと、ずっと願い続けている言葉だ。 残念ながらまだ願いは叶っていないけれど 「大学の時の友達だった清香が宮崎にいた。結婚でこっちに来てたんだけど、離婚してさ。 あいつのツテで今の仕事につけたんだ。何もかもどうでも良かったし、清香は離婚で疲れていた。 それで何となく・・・な」 「そうなんだ、お世話になったんだね」 「うん、世話にはなったな」 「大事にしてあげないと」 これぐらいしか言うことがない… 「郁、俺の話聞いてた?俺はね清香は好きだけど、そういう好きじゃないんだ。アイツもわかってる」 「でもさ、静香さんは、三田さんのこと好きだよ?」 じゃないと、あんな目で僕を見ないよね 「それにどうにもならないってことは、静香も知ってる。俺達はもう随分男と女じゃなくなっているし、ヒマな時俺をかまってヒマつぶししてるだけだよ」 「合いカギ渡してるじゃない」 「掃除や飯なんかの世話を焼いてくれる」 この人はやっぱり子供だ… 「勝手だね…。それに甘えているよ、静香さんがかわいそうだ」 思いのほか冷たい口調になる。殴られたように向かい側の顔が跳ね上がった

ともだちにシェアしよう!