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対峙
ガチャ
ドアノブが回る
Tシャツとハーフパンツの三田さんが戻ってきた
『ロンググッドバイ』を持っている。読んだんだ…。
二本目のワインのコルクを抜く頃、三田さんのビンは2/3が空になっていた
「郁俺、酔ってる。。それもけっこう」
「それだけ飲めばね。水飲みながらじゃないと明日たいへんだよ?」
「郁のほうが飲んでるだろ、俺はまだボトル空いてないし」
「いや、ワインとウォッカじゃ度数が違うよ。本当に酔ってるね、三田さん」
「郁…あのさ」
いつも僕の目を見て話すのに、今視線は手元のグラスに注がれている
「なに?」
「清香のことなんだけど・・・」
「かわいい彼女だね」
「・・・いや、彼女じゃない。違うんだ。
それに清香のことを説明するとさ…俺のことも言わなくちゃいけないんだわ」
『始まってもいないのに、終わった・・・』
そう言っていたね、三田さん。
「俺さ…逃げてきたんだ、ここに。逃げること以外に思いつかなくて、逃げてきた…」
グラスが滑り落ちそうになって指に力を込める。
僕と同じだ。逃げて、こんな遠くの暑いところにやってきたのか…
「でもさ、俺、本当は雪がみたい…」
「・・・うん」
雪、そうだね。真っ白で、雪に映る影は黒ではなく青。茜の赤い皮、真っ白な果肉
とりとめなく色の記憶が瞼の奥に映り出す
「会社の同期のヤツがさ、小学生の頃の同級生だったんだ。
結構仲よかったんだけど、そいつ親の都合で転校しちゃって、それっきりだったんだけど偶然同期として再会したわけ。良き同僚で良き友、飲み友達で遊び友達。いつも一緒にいた。
俺さ、どうも女より、男のほうがしっくりくるんだ・・・ 」
グラスを握る三田さんの指に力がこもる
僕は何か言うべきか?言わないほうがいいのか?
わからなかった。だって僕もそうだから。でもそれを言ってどうにかなるものでもない
三田さんはチラっと僕に視線を合わせたけど、すぐにグラスに戻して一口すする
「俺、そいつのことが好きだった。どうしようもなくね。でも言ったら終わりだってことくらいわかっていた。
だからずっと押し込めていた
1年以上は何とかやってこれた。
郁と飲んでるみたいにさ、そいつの家で飲んでた。アイツは先に寝たんだ。
俺はそのまましばらく一人で飲んでた、ただちょっとだけ、寝顔が見たい、そう思ったんだ。
みるだけならいいだろうって。どのくらい見てたのかな・・・バカいって笑っている顔と全然違った表情だった。俺は思わず唇を重ねた…
そんなつもりじゃなかった・・・・体が勝手に動いたんだ」
「・・・そう」
「でもね、次の瞬間、殴られて床にへたりこんでいたんだ、俺
そして言われたよ『ばかにしてんのか!気持ち悪いぞ!』ってさ」
よくある話だ。気持ち悪いか・・・。まあ、そうなんだろうね
『あなたが女だったら、女だったら!私はこんな…』
底の底におしこめているのに噴きだそうとする。これ以上暴れ出す前に口を開かないと
「それで・・・ここに来たの?」
「あいつは俺と同じプロジェクトはムリだ、俺をはずしてくれと上司にいった。
ずっと仲の良かった俺達が口も利かなくなったわけだから、周りも気にしていたし、まあ、興味もあったんだろうな。
酒の席で女の取り合いでもしたのか?とからかわれて、あいつは俺に迫られたと口を滑らせた。
俺の居場所は完全に無くなった。結果、まもなく会社を辞めたよ」
うん、わかるよ、僕も辞めたから。だって居られるわけがない。
『告訴することもできるが?』『こんな風にするために育てたわけじゃない!』
『助からなかった…。安定期に入る前だった』
『お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃんから手を離して!』
一気にノイズが噴きだす。ワインをあおったけど効果がない。
「郁、俺のこと…気持ち悪い?」
半分泣きそうな顔をした三田さんの声で、僕のノイズは静まる
「いや、気持ち悪くないよ。誰かを好きになるのに、綺麗、汚いもないよ」
三田さんの目の奥が揺れる
本当は、僕が誰かに言ってほしいと、ずっと願い続けている言葉だ。
残念ながらまだ願いは叶っていないけれど
「大学の時の友達だった清香が宮崎にいた。結婚でこっちに来てたんだけど、離婚してさ。
あいつのツテで今の仕事につけたんだ。何もかもどうでも良かったし、清香は離婚で疲れていた。
それで何となく・・・な」
「そうなんだ、お世話になったんだね」
「うん、世話にはなったな」
「大事にしてあげないと」
これぐらいしか言うことがない…
「郁、俺の話聞いてた?俺はね清香は好きだけど、そういう好きじゃないんだ。アイツもわかってる」
「でもさ、静香さんは、三田さんのこと好きだよ?」
じゃないと、あんな目で僕を見ないよね
「それにどうにもならないってことは、静香も知ってる。俺達はもう随分男と女じゃなくなっているし、ヒマな時俺をかまってヒマつぶししてるだけだよ」
「合いカギ渡してるじゃない」
「掃除や飯なんかの世話を焼いてくれる」
この人はやっぱり子供だ…
「勝手だね…。それに甘えているよ、静香さんがかわいそうだ」
思いのほか冷たい口調になる。殴られたように向かい側の顔が跳ね上がった
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