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あの人 2
地下鉄駅の近くの古いビルの地下に、その店はあった
クローズのサイン・・・。僕は少しだけ息をつめた
あの人に逢うために
「こんにちは」
カウンターで紫煙をくゆらせて壁をみつめている
ゆっくり、あなたが・・・僕を見た
「ひさし・・ぶりだな。沢田・・・」
目じりをさげて優しく微笑む。変わらない・・・まったく同じ
いっきにたくさんのものが押し寄せてきて動けなくなる。喉の奥が痛い
どうしていいのかわからず、自分をコントロールすることもできず
ただ、突っ立っていた
どのくらいそうしてたんだろう
「そんな顔してないで・・・そこに座ったらどうだ?」
困ったように視線をはずしてテーブルを指さす
『そんな顔をするから、ほっておけなくなった』
ポケットにいれられる僕の手
どんどん溢れそうになるものを押しとどめるために足を踏み出す
言われたとおりに座ったけれど、視線を上にあげられない
テーブルの向かい側に左手が置かれる・・・
右手で椅子をひいた時、一瞬左手に体重がかかり手の甲の筋が少しだけこわばるのが見えた
かつて、この手は僕のものだった・・・
僕のほおに触れ、僕の手を握り
たくさんの僕をさぐった・・・力強い手
・・・僕のものだった!
突然渦のように沸きあがる
僕の!僕のものだった!僕の・・・ぼくの
ずっと押し込めてきた、ずっと暗い中で隠れて生きてきた
夜がきたら出かけ、朝になって眠った
この手が・・・なくなってしまったからだ
それが目の前にある・・・僕はいったい今何をしている?
この人を前にして、大人しく座っていていいのか?
・・・この手に触れちゃ・・・ダメなのか?ダメなはずがない・・・
だって、これは僕の・・・
『郁、俺ちゃんとするから』
・・・そうだった・・・僕は自分を取り戻すために此処にきたんだった
目の前にあるたった一つの手なのに、自分を見失しなう
それだけこの人は僕のすべてだったことを思い出してしまったからだ
たった一つの手にあまりにたくさんの物を見てしまったからだ
・・・それは仕方がない。抵抗しても意味はない
・・・僕は抵抗できない
受け入れたら、少しだけ息を吸い込むことができた・・・
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