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「こっちには、帰ってこないの?」 言葉以上の意味をもつ問いかけ 「うん。」 「そう・・・」 久しぶりに逢った妹は、少しだけ大人になっていた。それは僕がそう思うだけなのかもしれない。ちゃんと連絡をとるべきだった、本当に。 「まだ、この店あったんだな」 「そうよ、こんなおいしい店がなくなるわけないじゃない。3年くらいでしょ、お兄ちゃが来てないのは」 よく一緒に来ていた小さな店でサチと向かいあって座って、ようやく肩の力がぬけたようにリラックスできた。自分の選択が正しいかどうかはもっと後になってわかることなんだろう。 「そのうち、帰ってくるでしょ?」 『本当は雪がみたい』 そうだね、僕も見たい。住みなれたこの街で四季を感じたい。 一人で、此処に戻ってきて対峙できるだろうか?真ん中で生きていけるだろうか? 「あの時のことを、ちゃんと知っているのは私たちだけしかいないの」 サチの口調が変わる。目の前には僕の勘違いなんかじゃなく、大人びた一人の女性が座っていた。 「お兄ちゃんの会社の人たちには・・・私が林さんと不倫をしていてお兄ちゃんが巻き込まれたって説明したの」 どういうことだ? あれは僕がやったことだ、いや僕がされたことだ。僕があの人と・・・ 「勘違いしないで。私がそうしてくれって林さんに頼んだのよ。 いまだに納得はしてもらっていないけど、世間的にはそうなってる。 いまじゃ、お父さんもお母さんもそうだと思いこんでるわ。 そっちにすがったほうが気が楽なんでしょうね」 考えもしなかった現実を知って、怒りが体を突き抜ける。 そんなくだらない思いつきにつきあうなんて、あの人はどういうつもりなんだ! 「怒らないで」 静かだけれどきっぱりとした声。 「林さんが悪いわけじゃない。私はそうすれば、ほとぼりが冷めたらお兄ちゃんは職場に戻れると思ったし・・・。無理だったとしてもその方が説明しやすいだろうと思ったの。 林さんとお兄ちゃんがっていうのは、あの時は本当にびっくりしちゃって・・・。 でも恥ずかしいとか隠すっていうことじゃないのよ?それだけはわかってほしいの。」 僕と目を合わせようともしなかった両親 僕らが働いていた会社 あの人の立場 同性の僕ら サチなりの精一杯 「悪かった。頭に血がのぼっちゃって・・・。お前にじゃないよ、そんなことを受け入れたのかって思ったら、あの人に腹がたって。」 ガルバンゾのサラダをフォークでつつきながら、サチは顔をあげようとしない。 どこか気づまりなこの会話を、僕はそろそろやめたいと思った。 現実がどういうことになっていようが真実は変わらない。 「結局、そのせいで林さんは元の生活をするはめになっちゃったの。皮肉よね」 ・・・え?どういうことだ、サチ 「こなくていいって言われてるんだけど、勝手におしかけて店を手伝ったりしてるの、私。」 「・・・あの人の?」 この会話の先が見え始めて落ちつかない気持ちになる 「幸か不幸か、私ってお兄ちゃんに似てるでしょ?」 何かいったら泣きそうで、大人びた女性の顔はもうどこにもなかった。 サチの想いに対して、僕は何もいうことができない。 「バカじゃないのか・・・・お前」 あの人を好きになった・・・僕 妹だからって、同じことをしなくてもいいのに・・・。 「わかってる。わかってるけど、こういうことってどうしようもないでしょ?自分が納得するまで止まれない」 「色々何も知らなくて・・・。何て言ったらいいのかも思い浮かばないよ、正直」 「ジタバタしてみるから・・・邪魔だけしないでくれればいいわよ」 僕らは食事に戻る それぞれが、それぞれの想いを話して、想いをめぐらせて 僕らの選択が、頬笑みをもたらすような結果を少しでも得られれば・・・ 実感する たとえ暗い刻にだけ目をさましていても 誰とも逢わない日々を送っていたとしても 自分一人で生きているわけじゃない 僕は誰かの中に存在していて、僕もたくさんの誰かと生きている 感じることのできる「孤独」ですら…それは誰かの存在感だ そうやって過去も未来も紡がれていくのだということを・・・

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