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静香さん
「どう?合格?」
「悔しいけど・・・合格」
僕らはワインを飲みながらDVDを1本見終わった。
一人で過ごす週末を何度重ねても、玄関がガチャガチャいうこともなかったし、インターホンが鳴ることもなかった。
ワインを2本空けてDVDを見て・・・またくり返される時間
札幌からもどって1ケ月ほどしたある夜、ワインを抱えた静香さんが訪ねてきた。
以来月に1~2度、僕らは夜通し酒を酌み交わして映画を見て、たくさんの話をするようになった。
「フランス映画だって色々種類があるんだから、喰わず嫌いはいけないよ?」
「ちゃんと見た。それで苦手になったの」
「何・・・見たの?」
「『大人は判ってくれない』」
「いきなりのトリュフォー?トリュフォーでも違うのにすればよかったのに」
「しょうがないじゃない、そのときつきあってた相手のお薦めだったんだから」
ツマミ部分をおしてグラスにワインを注ぎながら不貞腐れた静香さんがかわいい。
ボトルで買うと瓶がかさばるので、すっかり3Lパックのワインのお世話になっている。
「これ『愛してる愛してない』っていう映画なんだ。でもさあ、怖いよね。
見かたによってというか、立場が違ったら、こんなに物事が違って見えるなんてね」
静香さんが寝そべるソファに背を持たせかけて僕は床に沈み込む。
互いの顔が見えないけれど互いを感じ取れる距離。
僕らはいつもそのまま朝を迎える
「私、札幌に帰ろうかなって、本気で考えてる」
「・・・うん。帰りたいよね。ここは暑過ぎる」
そう、ここは暑い。それに、誰もいない。僕らはこの土地に住んでいながら、此処を受け入れていない。
・・・北海道の人間なんだからと、つねに思ってしまう。
「ほらさ、なんか敦もいなければ、私も意地をはる必要もないんだしって」
「此処にいないの?三田さん」
僕はあれきり三田さんに逢っていない。たぶん・・・もう1年ぐらいになる
「いるんじゃないの?郁ちゃんのとこに何もいってこない?」
「なにも、言ってこないよ」
「そう」
背中から聞こえる声。僕は静香さんの顔が見えないからわからない。
連絡が静香さんのところにはきているんだろうか?
隠しごとのできない人だから、僕が今振り向けば、きっとわかる。でもそんなことはしない。
だって僕のところに音沙汰がないってことは、まだ時間がきていないってことだから。
「誰かのことを好きになったら、相手のことを常に考えるものじゃない?
今何してるんだろう。今日は何をしたんだろうか。何が好きなんだろう。どんなことが好きなんだろうって。
でも純粋に好きなだけじゃなくなってくると、自分目線でみるようになるよね。
私がこんなに思っているのにどうなんだとか、私がどれだけ!とか、私が、私がって」
たしかにそうかもしれない
「もうそうなっちゃったら好きだってことを忘れちゃって、意地だけがどんどん大きくなる。
他の人はどうかわからないけど、私はそう」
意地と罪悪感・・・
「あの人は、僕が逃げ出してから、奥さんと2年も暮らしたんだって」
後ろでガバっと起き上がる静香さん
「ええ?」
「僕も聞いた時は驚いたよ。意地と罪悪感の同居はうまくいっきこない、そんなことを言ってたかな。僕にはできない・・・でも意地や罪悪感があればできるのかな?僕にはわからない」
「郁ちゃんのモトカレすごいね。私はそこまでの根性も意地もないわ。
そっか・・・だから迎えにこられなかったのね」
迎えに・・・そうだね
探すって言葉を僕は覚えている。時間がかかると言ったのも聞いた。
ケリをつけてと言われた。だから僕は過去とさよならをしてきた
それなのに君はまだ僕のところにこない
どのくらいここにいればいい?
僕はね、毎日君のことを考えているよ
今どこで何をしてるかな?
酔っ払って知らない人の玄関で寝ていないかな?
仕事をさぼっていないかな?
ね、三田さん。君の笑顔を僕は心底欲しがってる
郁って呼ぶ声を聞きたい・・・
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