53 / 64

雨の先・・・そして 9

「で?三田、紹介してよ、俺達は札幌時代の三田の同期です。 今回社員旅行でここにきて。そしたら偶然会えちゃったってわけなんです。」 こういうときの佐伯はそつがない。本当は自分が聞きたいだけなのに、三田の連れが何者なのか。三田が会社を去ったゴタゴタを知っている人間ならだれもが思うことだ。 この男は何者だ?末次とタイプが全然違うけど?友達デスカ?何デスカ?そんな佐伯の言いたいことが透けてみえる。 本当のところ、一番気にしているのは俺自身だ。 「え~と。郁は・・なんて説明すればいい?俺が間違って・・・。」 空気が重くなる。説明しにくい相手なのか・・・やっぱり。 心なしか山田の顔が青い。俺も同じような顔をしていないか鏡をのぞきたい気分だ。 「僕も札幌なんです。」 「え?」 思わず声が漏れた・・・ 「本当に偶然なんですけど、以前三田さんが住んでいたマンション、僕の一階上だったんです。で、酔っ払って自分の部屋と間違って鍵を差すのに開かなくて。」 ・・・当たり前だ。 でもそんな飲み方しなかったはずだ、三田は。・・・俺のせい・・・なのか? 「北海道からきたってことがわかって、それから仲良くさせてもらってます。」 「そんで、今俺がやってるタウン誌の求人コーナーのクライアントさんでもあってさ。」 「なにお前。タウン誌とかやってるのか?」 佐伯の興味が移った会話は三田の仕事の内容に変わった。 山田はうまそうに料理を食べ、俺は酒をなめる。 三田の隣に佐伯が座ったので、すかさずその隣に座った。 俺は三田の隣に座るなんて考えられなかったし、向かい合って顔を見て話す余裕もなかった。 しかしこの席だと向かい側にいる「郁」こと沢田という男と目をあわせる機会が多くなり・・・ 俺にはわかった。この人は三田が好きな相手だと。 この人はどうかわからない。でも三田は好きなはずだ、この人を。 確かに俺とタイプは全然違う。今は違うけれど、昔はよく笑った。人懐っこいとさえ言われた。 佐伯の言うかわいい正巳ちゃんというのはあながち間違いじゃない。 この人は・・・顔かたちは柔和だけれど、かなりしっかりしてそうだ。佐伯の質問の答えでわかる。 佐伯は「俺達三田が去った理由知っています。同期の男とゴタゴタしたわけですからね。で?あなたは・・三田の?」と言わんばかりの聞き方だった。 『札幌です』と言って、いきなり俺達を驚かせた。 仲良くさせてもらっているという割に、今は同じ建物に住んでいない。 結局クライアントなのか、友達なのか、そうじゃないのか、わからないし聞けもしない状態にしてしまった。 「せっかくここまできたんだから焼酎飲んだほうがいいよな。」 「佐伯焼酎のんだっけ?」 「三田~。おまえどれだけ俺に会ってなかった?お前と同じく俺もオヤジに片足つっこんでんの!焼酎だって飲むようになったんだよ。」 「へ~ビールばっかだったのにな。」 佐伯と三田はブランクがあったとは思えないように言葉を重ね続けている。 俺は佐伯を挟んで向こうにいる三田の顔を見ることもなく、自分のジョッキに手をのばしていた。 俺がこんなに近くにいるのに、お前は普通にできるんだな・・・。 時間ってそういうものか。 俺だけが過去に束縛されて、周りは確実に動いている・・・そういうことなんだろうか。

ともだちにシェアしよう!