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雨の先・・・そして 10

「正巳、こっちのかぼちゃ食べてみるか?お前かぼちゃ好きだろ。」 いきなり前触れもなく声をかけられ、おもわず三田のほうを見てしまった。 かぼちゃが好きなことなんか、自分でも忘れてしまっていたというのに。 「あ、うまいのか。それ。」 こっちのかぼちゃって、いったいなんだ?種類が違うのか?以前の俺ならそう聞けた。 でも今はこれが精一杯だ。 「ほかの店のは食えないけど、ここの大将が炊いたのはマジうまいから。日向かぼちゃっていうんだよ。煮崩れしにくくて、北海道のとは別もの。」 三田の顔をまともに見た。夢にでてくるお前は後姿で、記憶をよぎるお前の顔も薄くなっていたから、子供のように浮かべる笑顔を見て喉の奥が詰まったようになる。 いつもそうやって俺に笑顔を向けていてくれた。 「うん、食べてみる。」 今俺は笑顔を浮かべられているか?いつも楽しかった俺達だったころのように。 「よし、オーダーするな。」 佐伯が邪魔だった。あの頃のように「よし」と言って俺の前髪をぐしゃっと掴んでほしかった。 そしてまたイライラがつのる ・・・三田。なぜあのままでいられなかったんだ?じゃなかったら、今も俺はお前の隣にいられたのかもしれないのに・・・ 運ばれてきたかぼちゃの皿は俺のところに来る前に、佐伯と山田の処にとどまっている。 特に食べたいわけじゃないが、それは俺のために、三田が・・・。 「じゃあ、僕はこれで失礼しますね。」 三田が郁と呼ぶ沢田さんがいきなり言った。 「え?なんで?郁、俺もまもなく出るぞ、ここ。」 「静香さんと待ち合わせたんだ。」 「なんで静香?」 「いや、ここに来るっていうから、いくらなんでもね。 前から行こうと約束してた店の席がとれたんで、そこに行くことで納得してもらってるから。 皆さん、あとはごゆっくりしてください。お先です」 ニッコリ笑って、その人はふすまを開けていなくなった。 「ちょっと、郁、まてって。」 バタバタと三田が後を追っていなくなった。 「わりい、お前のかぼちゃ全部くっちまった。」 そんなことをいう佐伯の存在がありがたかった。 「えと、ここおいしいし、俺らまだここで飲んでようよ。 ほかの店わかんないし、なんか入れなかったら困るしさ。地鶏頼んでいい?」 そうだな、山田。静香って誰だ?郁って人は何者なんだ?そんなこと気にしているのは俺だけだろう。 またこの狭い繁華街で三田に会うのだけは勘弁だ。 お前の言うとおり、この店で飲んでホテルに帰ったほうがいいだろうな。 それにしても・・・少し痩せたように見えた、三田。 あまり話もできなかったし、顔も見られなかった。そして俺のイライラも解消されずに残っている。 結局俺はこれからもお前の背中と「ごめんな」を夢に見て、とらわれたままで生きていくのか? 「ただいま~」 三田が照れくさそうに戻ってきた。 「ちゃんと戻れって、怒られたんだろ?三田。」 ニヤニヤしながら佐伯に言われて、座敷に戻った三田は言った。 「怒られてね~し」 昔のままの、子供のころの「あっちゃん」がそこにいた。 「ガキみたい。」 こらえ切れずに笑った俺を見つめる三田の表情はほっとしているように見えた。 「おまちどうさまです、炊き合わせです。」 女将が皿を持ってきた。それはカボチャの入った炊き合わせで、さっき三田が俺のためにオーダーしてくれたものと同じ品だった。 「気がきくな、三田。あんまうまいからさ、俺末次の分も食っちまってさ。」 「佐伯ひどいな・・・。せっかく三田が末次のために頼んだのに食べちゃうなんて。俺のだっていいなよ、末次。」 三田が覚えてくれただけでいい。 「俺頼んでないけど?おかみさ~~~ん。オーダーだぶってない?」 女将が焼酎用の氷を持って座敷にやってきた。 「いいえ~これ追加ですよ。」 「追加?」 「あ。さっき帰りがけに沢田さんがオーダーされましたよ。」 「え?」 あの人が? 「正巳が食べてないの見てたんだな、郁。」 三田が照れくさそうに言うから、佐伯が突っ込む。 「自分の連れは気が利くぞってことで、なんでお前が照れるんだ・・・バカバカしい。」 「うるさい!佐伯。お前が正巳のかぼちゃ食うからだろ?少しは人のこと気にしろよ。」 「かぼちゃのことを覚えてるくらいならな、お前、末次のことほっておきすぎだろ? こいつ全然笑わなくなったんだぜ?こっちもやりにくいったらありゃしない。」 「佐伯!ちょっと!」 山田がオロオロしはじめた。俺は・・・なんかどうでもよくなってきた。 解放も束縛も何もかも。俺がグズグズしている間に時間は流れて、確実にすべてが動いている。 三田はなぜかこんな遠くの南の土地にいて、どこでどう知り合ったかわからないが、やさしそうなくせに結構芯のしっかりしている札幌出身の男と仲良くしている。 その男に気をつかってもらってカボチャが俺の前に運ばれて ケリをつけろと背中をおすばっかりの男と、問題の核心に迫ると慌てるくせに、三田を見つけてしまう男。 この二人の同期と、俺は三田と同じ空間に今いる。 「なんか俺一人、ばっかみたいじゃね?」 なんだかおかしくなってケラケラ笑う俺を、みんなが無言で見守っていた。

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