「俺帰る、てか無理、帰る。」 うまいを連発しながら焼酎を飲んでいた佐伯がボーダーを超えたらしい。 酔いが回り同じことを何回も言い出し始めた。 この店にきて２時間。ビールで始まった後、焼酎の5合瓶が２本空になり、旅先の解放感もあってか、いつになく酒がまわっているらしい。俺以外は。 それをいうなら三田も同じだ、こいつは旅先でもなんでもない。 「この冷汁ってのを食べたら帰ろうよ。」 あくまでもご当地メニューに執着する山田は炭水化物をオーダーしてチェックを頼んだ。 俺は、けっこう飲んだのに酔いはぜんぜんやってこない。 飲めば飲むほど自分の体ではないところにアルコールが飛んでいくような感覚で、少しも酔えない。 酔えれば、理性のタガが外れて何かを言えるのかもしれないのに、それすらもできない。 「山田、俺を送ってくれ、部屋まで、たぶん帰れん、自力じゃあむ～～～ぅり。」 「送るもなにも同じホテルじゃんか～。ちゃんと部屋まで連れて行くよ。末次だっているしさ。」 言い終わらないうちに佐伯の手のひらが山田の側頭部に飛ぶ。 「いって～なにすんだ！酔っ払い！」 「うっせ～お前バカじゃね？食ってばっかでさ。 末次は三田と飲みにいかないといけないんだから、気をきかせて山田に役割をつくってやったんだぞ、俺。」 「え？そうなの末次。」 またしても山田が殴られた・・・。 「三田、沢田さんって人と、待ち合わせしてるのか？」 さっき俺は思い知った。囚われて雁字搦めになっているのは俺だけだということを。 それを振り落すのに、張本人に助けてもらってもいいんじゃないか？ 気がつかなかったことと、気が付けばよかったのかもしれないこと そうしたら何かがかわったかもしれないことと 今の俺達と・・・。あのときの俺達と・・・。 ちゃんとしてもいいんじゃないか・・・。そんな風に思えたから。 三田は俺の顔を見る。そこにいる男は静かでとても頼もしく見えて、少しだけ心配そうで・・・。 一瞬あとに笑顔とともに返ってきた 「いや、してないよ、正巳。じゃあ、でよっか。」 思わず目を逸らしてしまう。ゴメンしか言わない後姿だけを繰り返してきた俺にとって、目の前の三田は、かつて自分が必要とした男の顔だったから。 「これ、正巳と俺の分ね。郁はジョッキ一杯だったらこれで間に合うだろう。 おい山田、それ食ったらちゃんと佐伯連れて帰れよ。」 「俺自分の払うって、三田。」 「次払ってくれればいいからさ。」 三田は山田のほっぺたをペチペチ叩いている。 「わかったよ、佐伯は連れてかえるから。三田～ほんとありがとな。 変な店じゃなくて、ここに来れてよかったよ。まずいもん食わずにすんだ。」 満面の笑みとはこういうことをいうんだな。 よく笑っていた正巳ちゃん時代の俺もこんな顔をしていたんだろうか。 「じゃな、佐伯。」 佐伯はテーブルにつっぷしていて、三田の声に反応しなかった。 「ふっ」と笑いながら佐伯の肩をポンポンと叩く三田は少し寂しそうに見える。 始終つるんでいたわけじゃないが、三田と佐伯は仲がよかった。 俺が一番で佐伯が二番、そんな風に位置付けていた昔の自分を思い出す。 友達に順位が必要なのかって話だが、当時の俺には重要だった。そう・・・重要だったんだ。 「三田、俺の会社のメアド覚えてるだろ？たまにはメールくれよ。」 「おぼえてるよ。じゃあ、地方雑誌社のエースが今度メールしてやるよ。」 「え？エースなの？」 三田はまた山田のほっぺたをペチペチしながら笑っている。 「山田ほんとにありがとな、連絡くれて。俺、うれしかった。」 山田の前にしゃがんだ三田の背中を俺はみていた。 一瞬顔がくしゃっとなり眉毛を下げてかろうじて笑った山田を認めて、三田の顔をみたような気がした。