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雨の先・・・そして 17
「末次さんは、敦が同性だってところにこだわってそこだけ見てるけど、異性の間でだって「無理」なことはたくさんあるし、互いのずれが埋まらなくてうまくいかないことって多いよね。
敦は末次さんが好きだった。でもあなたは敦とそういう関係を「望んでいなかった」
これはどっちが悪いとか正しいとか間違っているとか、そういうことではないと思う。
僕はかつて好きになった人への気持ちを間違いだと責められても、自分の中ではそうじゃないと自信をもって言える。それと同じく受け入れることのできなかった人への気持ちも忘れていないよ。
僕が受け入れることのできなかった相手にだって同じだ。
敦と末次さんが同性だったっていう現実は形であって、二人の気持ちがどうだったのかということが真実だよ。
そして二人の気持ちは別の方向に育った事実・・・これが結果だよね。
だから・・・それでいいんだと思う。
これをきっかけに敦と連絡をとることができる関係になるかもしれない、これっきりかもしれない、それだって良し悪しの問題じゃないよね。
僕の言いたいことわかってくれる?」
すっと心に落ちてきた。
俺と三田は望む形が違った。それだけだ。それは埋めることのできない現実だった。
そしてどうしようもないこと・・・だった。
「どうしようも・・・なかった・・・で・・いいってことなんだ・・・」
ずっとテーブルの上で組んでいた拳に手が重ねられたあとギュっと握られる。
「答えがないってことを悩んできつかったね。
でも答えがないってことを知るだけでも気持ちは楽になるよね。人との関わりに答えはない。
自分のことだって100%理解していないのに、人とつきあっていくんだから。
僕はね、奥さんのいる人を好きになって、トラブルになった。
そのゴタゴタでここに逃げてきて、ずっと誰にもあわずに真夜中働いて明るい時間が暗くなることだけを祈って生活してたんだ。
ひょんなことから敦に明るい場所にひっぱりあげられた。
前に進むために、このあいだ札幌に帰って、あの人に逢ってきた。
僕らは後悔を背負って過去に生きるんじゃなくて互いに一人でいる未来を選んだ。
それでようやく僕は三田さんを「敦」って名前で呼べるようになった・・・。
まあ肝心の敦は、そのあいだ僕の前から姿を消していたんだけどね。」
俺の手の甲をやさしくさすりながら沢田さんは微笑んだ。
「自分の選択に苦しむ必要はない。選択したなら受け入れればいい。
選択してそれを受け入れて・・・僕は過去から解放された。
敦も末次さんもちゃんと話せばよかったんだよ。
友達としてしか見れないって、敦はそれを受け入れるか決別するか、それでも傍にいるか選択すればよかった。でも二人はきちんと確認しないまま離れてしまったから、苦しくなった。しんどかったね。」
突然ボロボロと涙がこぼれた。自分でもびっくりする量がこぼれおちる。
「ちょ!正巳!」
三田が椅子から半分腰をあげたのは見えた。でもその先は見えなくなった。
沢田さんの両手が頬にのびて両方の瞼を親指で閉じてくれたから。
「何も見ないで、流しだしてしまえばいい。」
俺は静かにそのまま涙を流しつづけた。
恥ずかしいとかそんなことも感じなかったし、ここが店だということもどうでもよかった。
沢田さんの手のひらのぬくもりだけを頼って委ねて・・・ようやく解放される自分を信じることができた。
『静香さんが乗り込んでくる前に戻るね。末次さん、逢えてよかった。たぶん敦にとっても良かったと思う。
僕にはちゃんとしろって言ったくせに、敦は過去にさよならしてなかったからね。』
沢田さんはそういって店を後にした。
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