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椿の花が落ちる頃 三

障子から光が漏れている。 布団のぬくもりが心地いい。 ふと隣を見ると、男の姿はなく空っぽになっていた。 枕元を見てみると、一枚の紙が置いてある。 何か書いてあるが、教養のない俺は字が読めなかった。 (何て書いてあるんだろ…) あの不思議な客の置き手紙。 最初は不気味だと思っていたが、あの不敵に笑う顔と優しい口づけが忘れられなかった。 「名前くらい…聞いておけば良かったな…」 しばらくして部屋を出ると、番頭がドタドタと近づいてきた。 「椿!お前、よくやった!!」 「は?何が?」 「何が?って、あの旦那だよ!お前のことが気に入ったって!金もいつもの倍以上もらったんだ!!」 番頭は小躍りしそうな様子で喜んでいた。 久々の上客に笑いが止まらない様子だった。 「なぁ、あの人、名前何て言うの?」 「お前、名前も聞いてなかったのか…。あのお方はな、神沢弥三郎様という方だよ」 「ふぅん…何してる人?」 番頭は、はぁ~とため息をついた。 「お前、一晩何してたんだ…普通はそういうのを聞きながらお相手するだろ…」 「……あんま、話す暇がなかったんだよ」 「お相手の仕事の愚痴を聞きながら、(いた)す技も覚えろ」 (また説教が始まった…) 内心、聞きすぎたなぁと後悔した。 あまり無知な様子で聞くと、この番頭は小うるさいくらい説教してくる。 「はーい…あ、あとこんな手紙もらったんだけど」 枕元に置いてあった紙を番頭に渡す。 すると番頭は、ほぅ…と感心したように手紙を読んだ。 「旦那は文芸の才もあるらしいな…。お前、これはな、後朝の文だよ」 「きぬぎぬのふみ…?」 聞いたこともない言葉だった。 「平安時代にはな、男が女の所に通って夜を過ごしたんだ。それでな、夜を過ごして、朝を迎えると恋の和歌を(うた)うんだよ」 そんな雅なことをしたことがない俺はいまいちぴんとこなかった。 「つまり、これは俺に宛てた和歌ってこと?」 「そういうことだ。どれ、詠んでやろう」 番頭は一度、んんっと咳払いをし、和歌を詠んだ。 『夜もすがら (むつみ)てみれど ()き君よ 咲くまで通ふ 椿の花へ』 椿と自分の名前が折り込まれている。 何となく意味が分かったような気がする。 「それにしても、憂き君とは…。お前、よく気に入られたな」 「もう!勿体ぶらず、ちゃんと意味を教えろよ!!」 「一晩中夜を過ごしたけど、つれないあなた。あなたに振り向いてもらうまで通いつめるって意味だよ」 かぁぁと頬が熱くなったのを感じた。 「久々の上客だ。たくさん稼げよ、椿~!」 俺の肩をポンポンと叩くと番頭はご機嫌な様子で自分の部屋に戻っていった。 「振り向くまで、通いつめるか…」 手紙を大事に懐へしまった。 廊下の角で、じっとその様子を見ていた影があったが、その時は全く気づかなかった。 「椿、こんばんは」 「……いらっしゃいませ」 俺は正座をして頭を下げる。 今晩もやって来た。あの和歌の意味を知ってから、余計この男のことばかり考えてしまう。 「椿、今日もかわいいね」 「ありがとうございます」 「つれない顔もいいねっ」 弥三郎は俺の頬をツンツンとつつく。 完璧に遊ばれている…と内心、複雑な心境だった。 「今日は椿に、僕の秘密を教えてあげようと思って」 「秘密?」 「どうして、足を広げてるのかっていう疑問にお答えしようかと思って…知りたいよね?」 弥三郎は相変わらずニコニコと笑っている。 「……別に、知りたくなんか…って、ぅわっ!!」 急に布団に押し付けられる。 弥三郎はぺろりと舌なめずりをした。 まるで獲物を見つけた獣のようだった。 「君のつれない態度は本当にかわいい…無理矢理にでも振り向かせたくなる…」 怖い 本能がそう囁いた。 「その恐怖を滲ませた瞳も素敵だ。さぁ…君にとっておきの快感を教えてあげる」 蛇ににらまれた蛙とは、まさに自分のことを言うんだなと思った。 弥三郎はすっと俺の帯をほどくと、着物を全て脱がせ、生まれたままの姿となった。 弥三郎はじっと体を眺める。 あんまりじっと見られるため、足を動かして股間を少し隠そうとしたが、弥三郎はそれを許さなかった。 「隠しちゃだめだよ」とぐっと足を広げる。 俺のモノはしっかり勃ちあがっていた。 俺は顔が真っ赤になった。 もう何年もこの仕事をしている。 今さら恥ずかしくなんかなんともないのに。 「あんまり…見るな…」 「こんな美味しそうな姿、見るに決まってるだろ。体がだんだん赤くなってる…」 脇腹を撫でられ、びくりとする。 「さぁ、椿…これが、私の秘密だよ」 弥三郎は懐から、真っ赤な紐を取り出した。

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