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椿の花が落ちる頃 六

朝になり、弥三郎は椿の頭を撫でると、番頭に話をしに行った。 ───「君を買おう」 まさか自分に身請(みう)けの話がくるなんて思わなかった。 (俺、どうなっちゃうんだろ…) 漠然とした不安が襲う。 もちろん不特定多数の男と関係をもつのは精神的に気持ちの良いことじゃない。 自由になりたいと望んだことがないといえば嘘になる。 でも、身請けされたからといって、自由になれるわけではない。 弥三郎に買われるということは、弥三郎のものになるということだ。 自由なんてものではないのだ。 激しくまぐわったせいか、体の節々が痛かった。 ごろんと布団に横になる。 しばらく横になっていると、弥三郎が入ってくる。 「話はつけてきた。ただ、ここは厳しいんだね」 「え?」 「1ヶ月休まず、ここに通いきったら身請けできる」 1ヶ月、休まずに…通う… 「そんなことできるの?あんた、仕事もあるんだろ?」 「まぁ…それは、昼にすればいいことだから。椿を手に入れられるなら、1ヶ月通うなんてわけないさ」 「……好きにすればっ」 こんな風に求められることなんて、なかった。 俺は急に恥ずかしくなって、布団を被った。 布団の外で弥三郎はクスクス笑っている。 この男は全てお見通しなのだ。 ここでの身請けには、3つの決まり事がある。 一、身請けする客は1ヶ月毎晩通わなくてはいけない。 二、身請けされる蔭間は、身請けする客以外客を取ってはいけない。 三、身請けする客も、身請けする予定の蔭間以外に手を出してはいけない。 1ヶ月、この約束ごとを守れば、身請けされるのだ。 昼間、控え室で休んでいると、菖蒲が「椿、身請けされるんだって?」と声を潜めて話掛けてきた。 「まぁ…1ヶ月通ってくれたらの話だけど…」 「良かったじゃん!」 菖蒲は嫌味ではなく、心の底から喜んでくれているみたいだ。 菖蒲は珍しい性格の持ち主だ。 普通は嫉妬されることの方が多い。 菖蒲は口調は少し荒いけど、裏表のないすごくいい子なのだ。 菖蒲と話をしていると、控え室の襖が開いた。 鈴蘭だった。 鈴蘭は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの可憐な笑顔に戻った。 「良かったねぇ。椿」 にっこりと可憐に笑っているけど、その目は笑っていない。 「…鈴蘭、あの…」 俺が話しかけようとすると、鈴蘭はぷいっとどこかへ行ってしまった。 「鈴蘭、あいつ悔しいんだな…。嫉妬してもしょうがないのにな」 菖蒲は鈴蘭の背中を見つめながら、呟いた。 正直、こんなところで働いているやつなんてろくな生い立ちの奴はいない。 鈴蘭もその中の一人だ。 鈴蘭は昔、大きなお店の跡取り息子だったらしい。 しかし、借金を抱え、一家は離散。 一人取り残された鈴蘭はここにやってきた。 鈴蘭は美人だ。教養もある。 だからこそ、器量も教養も劣る俺が身請けされるのが面白くないんだろう。

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