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椿の花が落ちる頃 十
今夜、弥三郎と逢瀬を重ねたら、俺はあの人の物になるんだ。
夕暮れ、寒さが身に染みていたけど、何となく縁側に出て、暇を潰していた。
昔、働いていた先輩にもらった半纏 を着て、弥三郎が来るのを待つ。
『椿』
あの声。
もっと名前を呼んで、溺れさせて……。
ガタリと、廊下の奥から音がする。
物置からだろうか……。
俺はなんとなく気になって、物置に近づく。
ゆっくり扉を開けると、そこには布団が畳まれ、何組か積まれている。
気のせいかな……。ネズミか何かが走ったのかも。
そう思って、部屋に戻ろうと体の向きを変えると、急に口を塞がれ、物置の中に引きずり込まれた。
――――
弥三郎は、部屋で愛しい人を待っていた。
今日で約束の1ヶ月だ。
今日会うことができたら、交渉成立。
椿を自分のものにできる。
(待ち遠しい……)
煙管を吹かして、紫煙を燻 らせる。
すっと障子が開き、その方向を見るといつもと違う白い着物の少年がいた。
「……君は?」
弥三郎が聞くと、少年はくすくすと笑った。
「覚えておりませんか?一度、夜をともにしたことがありますけど」
「覚えてないな。生憎、興味のあるものしか頭に入らなくてね」
弥三郎は口元だけ笑顔を作る。
興味のない相手に向ける弥三郎の愛想笑いだった。
「鈴蘭と申します。椿が来るまで、お相手致します」
鈴蘭の赤い唇が微笑んだ。
――――
俺は、今誰かに組み敷かれている。
誰?
腕を動かそうとしても、全く動かない。
暗闇に段々目が慣れてくる。
「よぉ。椿」
低い男の声。
聞いたことのある声。
――弥三郎様じゃない声。
「覚えてるか?お前をよく買ってた」
「え?……まさか、あんた……」
少しだけ開いた扉の隙間から夕日が差し込み、顔が見えた。
「藤一……」
「久しぶりだな」
「何で、あんたがここに……?」
「ん?あぁ……まぁ、お前に会いにきた」
俺に?何でまた?
「あんた、知ってるだろ……?俺が身請けされるの。あんたとはもう寝ないよ」
藤一は、よく俺を買ってくれたヤクザ者だ。
ちょっと荒っぽいけど、小遣いくれたり、それなりにいい奴だったと思う。
贔屓はしてくれたけど、俺に執着してるようにも思えなかった。
だって、俺以外にも菖蒲を買ってたりもしてたし。
それが、何故今になって、俺のところに?
「何しにきたんだ」
俺は藤一を睨む。
「何って……やることなんて一つだろ?」
俺はドキリとした。
嫌な予感がする。
「……お前を、買いにきたんだよ」
一筋の夕日に照らされた、藤一の顔はひどく歪んだ笑顔だった。
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