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椿の花が落ちる頃 十三

冷たい風にふと目が覚める。 縁側に弥三郎が座っている。着物を着て、雪を見ているようだ。 俺も着物を着て、半纏に袖を通す。 立ち上がろうとするも激しい情事に、うまく立てなくなってしまった。 物音に気づいて、弥三郎はこちらを見た。 「立てないの?」 「いっぱい突いてきたから……腰たたない」 俺が文句を言った。 弥三郎は小さく笑い、手招きする。 「一緒に雪を見よう」 「だから、歩けないって……」 「犬みたいに、這っておいで」 いつもの弥三郎だ。 意地悪ばかり言う。 俺は仕方なく、四つん這いになって這った。 這う度に注がれた熱が溢れてきそうだ。 「最悪……」 俺がボソッと呟くと、弥三郎は「何が?」と問う。 「あんたが出したやつ、出てきそう……」 「庭で出していいよ?」 「バカ」 何とか、弥三郎のところにたどり着くと、「良い子良い子」と頭を撫でられる。 これじゃあ本当に犬みたいだ。 「暖かそうな半纏だね」 「あったかいよ。……貸さないからな」 「つれないね。じゃあ、おすそわけしてくれる?」 弥三郎はそう言うと、ポンポンと自分の膝をたたく。 今、座ったら、お尻に入っているもので膝を汚すかもと躊躇した。 「……汚れるかもよ」 「構わないさ。自分が出したものだからね」 俺は這ったまま、弥三郎の膝の上に乗る。 弥三郎はぎゅっと俺を抱き締めた。 「暖かい……。湯タンポみたいだ」 弥三郎は椿の肩に顔を埋める。 「くすぐったいよ」と椿は身を(よじ)らせるが、力が強くて動かない。 「……奪われたかと思ったんだ」 「………」 「余裕がなかった。初めてだ。あんなに誰かに嫉妬しながら、焦りながら、人を抱いたのは」 弥三郎は泣きそうな声で言う。 こんなにも弱々しい弥三郎は、初めて見た。 俺はさっき藤一に襲われたことを話そうと決心した。 もしかしたら、身請けはなしになるかもしれないけど、ちゃんと話さなきゃ。 「俺さ……さっき、別の男に体、触られた。だけど、何もされなかったよ……信じてくれる?」 弥三郎の体がピクリと動いた。 「信じるよ。……だって、何も痕跡が残ってなかったし」 先ほどの情事の ことを言っているのだろう。 「多分鈴蘭の仕業だと思う。……弥三郎様は鈴蘭のこと、番頭に言う?」 半纏の袖から、鈴蘭の花を模した簪を出す。 ヤクザ者の藤一を雇ったのは、鈴蘭だろう。 そんなに俺が憎かったのかな。 こんなことをしたってバレたら、鈴蘭はきっと罰を受ける。 折檻(せっかん)か、もしかしたら、クビになるかも……。 「言うよ」 冷たい声で弥三郎は言い放った。 何の感情もないように。 「でも、椿は言ってほしくないんだろ?」 冷たい声とはうって代わって、温かさを感じる言葉。 「うん……俺、一度鈴蘭と話がしたい。これも返さないといけないし」 鈴蘭の簪を見た。 可憐な白い小さな螺鈿は、鈴蘭本人の可憐さを表しているように思えた。 「……鈴蘭に会ったよ」 弥三郎は、呟くように言った。 「え……何か話した?」 「別に、何も……何やら臭かったから、一緒の空間に居たくなかったがね」 臭い? 鈴蘭は綺麗好きで、お風呂にも毎日入ってる位だったけど……。 「椿は分からなくていいよ」と、俺の頭を撫でる。 「椿は……臭くないね」 「……さっき、汗かいたから、におうと思う」 そう答えると、弥三郎はくすくす笑った。 さっきから、臭いとか臭くないとか、よく分からない。 鼻が敏感なのかな? 「椿と私の仲を裂こうとしたんだから、本当は番頭に言って、仕置きをしてほしいぐらいだけど、椿が話をしたいんだったら、私は何もしないでおこう」 「……ありがとう」 弥三郎はそう言うと、椿を抱えて、鈴蘭と会った部屋まで連れていってくれた。

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