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第4話
そこに描かれていたのは、先ほど二人で描いたデッサンの落書きとほとんど同一ものだった。モチーフは一貫して、コップ、林檎、瓶。手慣れたように描かれたその絵の隣には、大内のそれと同じように、やはり素人が必死に真似て描いたような、下手でいびつな描写がある。異なることといえば、濃淡やタッチの描き方まで詳細に記してあることと、消しゴムで修正した痕跡があることくらいだ。
大内は、ファイルを粗雑にぱらぱらとめくる。細かい違いはあれど、どれもこれも同じような絵で、どうやらうんざりとしているようだった。
「なんだ。僕だけじゃないんですね」
大内はがっかりしたように呟いた。僕はそんな大内を見ると、そりゃあ美術部の部員には教えるもの、と一笑した。
大内は落とした本や書類を元通りに戻すと、失礼しました、と言って部屋を出る。僕はとっさにその背中を追って、ひょっこりと部屋から廊下に顔を出した。
その後ろ姿はあまりに華奢なものだったが、それでも、三年間の成長が細部に滲み出ていて、いかにもどっしりとした説得力のある足つきだった。門をくぐったばかりの新一年生には、あんな立派で凛々しい歩き方は絶対に真似できない。
彼と会ったのはいつだろう。僕がそんな彼に思いを寄せたのはいつだっただろう。きっとまだ、彼がおぼつかない足取りでこの廊下を歩いていたころだ。
「西校、頑張れ」
それまでの思い、感情、意識、身体じゅうの全ての熱という熱をかき集めて、その一点に投げかけた。
緊張は、場慣れした大人の余裕で抑制し、繋ぎ止めたいと震える欲望はひた隠した。そしてこれっきりの力を振り絞ってそう言うと、大内が恥ずかしそうに振り返って、はにかむように微笑んだのが見えた。
薄揺らいだ陽炎のような彼の背中を、ただ真っ直ぐに見送る。
僕は思った。
この先、これほど彼と話す機会はもうないだろうーー。
なんせ、これからは学校じゅうに、本格的な受験の空気が漂い始める。受験に直接関わりのない美術の授業は、月日が経つにつれ、一般科目にかわって数が減少していくだろう。年を明ける頃には、週に一回どころか、きっと月に一回あればいい方だ。とすると、会えるのはもう数回程度。
ただ、人懐っこい彼のことだから、廊下で会えば会釈くらいはしてくるだろうし、一言くらい小言も言ってのけてくれるかもしれない。
僕は先ほどのファイルを手に取ると、その中に彼との一枚を重ね入れた。まるでアルバムに、新しい思い出の写真を追加するように。
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