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第3話【愛のとりこ】「もはや妖精か天使の領域だ。 」
「ところで『超★おじじ様ず』って何。お爺ちゃん達が演奏するの?」
と言うか、ハロウィンの演奏会にしては早すぎやしないか。
―――『パンフレットによれば、70歳以上の男性5人による音楽ユニットだ。10月中旬より毎週日曜日は演奏会をしている。』
「楽器は何?」
―――『木琴、アコーディオン、クロマチックハーモニカ、三味線、ピアノ』
三味線が浮いている。しかし錦は別に何とも思っていない様だ。
―――『目玉は坂本 倉之助氏御年98歳と荻野 秀昭氏御年82歳のクロマチックハーモニカと三味線による【リベルタンゴ】だ。これは行かねば。』
リベルタンゴが好きなのか、クロマチックハーモニカと三味線の演奏に興味があるのか。
恐らく両方だろう。
僕もピアソラは好きだ。
「他にどんな演奏が有るの?」
―――『アイネ クライネ ナハト ムジーク、オペラ座の怪人、ハロウィーン・タウンへようこそ、カチューシャ 、魔法使いの弟子、 コンドルは飛んでいく、星に願いを』
見事な程に統一感無く色々ぶっこんでいる。
それよりハロウィンならサン=サーンスの死の舞踏じゃないのか。
クリスマスソングも混ざっている気がするが大人げないので水を差すのは止めだ。
―――『13歳未満の児童にはくじ引きが有り31番を引けばリクエストができるんだ。もしも俺の運が良ければ一曲所望する。』
大いに興味をそそられる。
「何を頼むの?」
―――『ムーンリバーを』
ムーンリバーは僕も大好きだ。
贈物はすでに用意しているのだが折角だからオルゴールもプレゼントに加えよう。
「星に願いを、とムーンリバーってメロディー似てるよね。どっちが好き?」
―――『…何方も好きだが……。ムーンリバー?』
珍しく歯切れが悪い。本当にどちらも好きなのだろう。
プレゼントするなら歌詞的にも『星に願いを』の方が錦には良い気がするが、オルゴールになれば歌詞は分からない。 似たようなメロディーの曲を組み合わせても面白みがないだろう。
――取り敢えずムーンリバーは決まりだ。
R社かJ社のスイス製ハンドメイドオルゴールが良い。
144弁シリンダーは値段的にキツイので72弁シリンダーにしよう。
子供の頃に50弁や72弁オルゴールの滑らかなメロディを聞いて以来、18弁オルゴールが玩具に思えてしまった。
昔は贈物をしたくてもとてもじゃないが手の届かない代物だった。
贈りたかった人はもうここにはいない。それでも今なら贈物として買う事が出来る。
相手が義弟というのが何とも皮肉だ。
――作成期間は一月はかかるだろう。こうなれば身内の伝手を使ってでも最短納期の交渉が必要となる。 デザインと在庫曲のリストを確認せねば。オリジナル編曲ができないならムーンリバー一曲だけでも良い。 あとは名入れ加工か。
脳内で予算と納期を計算しながら、オルゴールを大事そうに両手に持つ錦を想像する。
いつもの仏頂面が少しだけ柔らかく解けている。
メルヘンで可愛い。
もはや妖精か天使の領域だ。
陶器や合金、ガラス製より温かみのある木製のBOXオルゴールのほうが彼にはしっくりくる。
生活費を削りアルバイト代を4,5月分ほどつぎ込めば何とかなるだろう。
問題は今日が8日だから16日までに間に合うかどうかだ。
かなり無理があるが何とかするしかない。
「ところでお友達も一緒なの?」
友人と約束しているなら計画を変えねばならない。
―――『一人で行動する予定だが何か問題でも?』
相変わらずプライベートで共に過ごす友人はいないようだ。
予想通り過ぎて少し泣けてくる。
いい加減仲の良い友人を作れと喉元まで出かけた言葉を飲み下す。
今回は彼の非社交的な性格が幸いしたのだ。
「じゃぁその日は僕と過ごそう。」
―――『一緒に『超★おじじ様ず』の演奏を聞くのか?』
「…うん。そうだね」
毎週日曜日と言うことは16日の次は23日、30日が公演予定日となる。
しかし彼の反応を見る限り予定をずらす気配はない。
デートでもしようと考えていたが、演奏会や展示会を楽しみにしているのなら妥協するのは錦ではなく僕の方だ。
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