7 / 12

第7話【貴方の魅力を心に刻む】「未曽有の大災害の様な男に気に入られるなんて… 」

錦との電話を終えた後、16時から18時まで家庭教師のアルバイトをして19時から21時までは塾講師のアルバイトに励む。 一日のバイトを終え、軽く夕食と入浴を済ませた後ビールを飲みながら電話越しに愚痴をこぼした。 「若狭さんこれどう思います?酷いと思いません?」 ――『あまり高価過ぎる贈物は逆に気を使うと思うのですが。』 オルゴールの納期がどうも16日に間に合いそうにないので、朝比奈家きっての強者。一騎当千の男と名高い朝比奈 若狭に泣きついた。 えげつない外交に悪魔のような頭脳、類まれなる美貌と類絶抜群たる性技でのし上がった現当主の付き人の一人である。 朝比奈の命運を左右できる程の実力者。一族内でも中々お目に掛かれない稀少な存在。 錦とも面識が有り子供嫌いな彼にしては珍しく錦の事は気に入っていたのだ。 (この男の最強ぶりを語るのはまた別の話だ。) 何が言いたいかと言えば、取り敢えず使えるものは何でも使うべきだ。 彼なら僕にはない伝手が有るだろうと思ったが、「オルゴールは諦めろ」と真っ先に言われた。 錦に関わる事ならば味方をしてくれると思ったのに。 そんな馬鹿な。 「宝石箱タイプも良いなぁ。あー…144弁オルゴール欲しいけど、今回は無理だ。 若狭さん、店の店主と来たら無理できないの一点張りなんですよ。徹夜したら間に合いません? いっそ名入れ加工は僕が彫刻刀ですると言えば、あのおっさん『オルゴールに対する蛮行は許せねぇ』とか言って怒りやがった。 僕と錦君の名前相合傘で入れようと思ったのにあの野郎。禿げてしまえ、いやもう禿げてたか。禿げ散らかした禿げだった。」 やけに体がだるく、頭がくらくらする。 この程度のアルコールで酔う程、酒に弱くはない。 喋る言葉がふわふわと浮いたように思考と重ならない。 ――『私の話、聞いていませんね。貴方が決めたことならこれ以上何も言いませんけれど、相手は大人びていてもまだ子供なので気を遣わせたり、困らせる様なことはしないように。 他に贈り物は用意しているのでしょう?それならオルゴールは今回見送りクリスマスに贈れば良いではありませんか。 今回のオルゴール購入の予算に12月までのアルバイト代も追加でつぎ込めば144弁で3曲入りのオルゴールを購入することも可能ですよ? 72弁とはまた違う極上の音色を錦に聞かせることが出来ます。予算に余裕が僅かにでもあればデザインもオーダーメイドにして見るのも良いでしょうね。 世界でたった一つのオリジナルオルゴールを手にした錦の姿をほぅら想像してご覧なさい。』 「可愛い。錦君可愛い。まさに三美神の寵愛をうけた絶世の美少年。と言いますか、錦君は美の象徴とも言える子じゃないですか? 三美神のうちの美貌を司る神の生まれ変わりだと僕は考察してるんですけど、どう思います?」 ――『本人に、前世の記憶は有りますかと伺えば宜しいのでは?』 残りのビールを全て煽り、330mlの瓶をカウンターに叩きつける様に置く。 気管と肺が焼けるような熱さに痛みさえ感じる。 「ミルクみたいに白くて赤ちゃんみたいな滑らかな柔肌なんてもう、何時間でも触っていたくなりますよ! あ、僕以外触ったら殺しますからね。それに瞳が良い!目は口ほどに物を言うと言いますが信念の強さと知性を写し出した理性的で美しい眼!! クレバーな猫の様な一点の曇りのない、麗しく輝く漆黒の瞳は何時間でも眺めていられるほど綺麗なんですよ。長い睫に縁どられたあの瞳に見つめられると、何でも言うことを聞いてあげたくなるんですよ。僕の黒い真珠。世界に一つだけの黒曜石。蕾の様な唇なんて桜の花弁のように可憐で初々しく形も厚さも完璧すぎます。そしてあの練り絹の様な艶やかな緑の黒髪。さらっさらで、つやっつやなんですって。 あの子が寝付くまで指で弄ぶ瞬間がどんなに至福の時か、あなた理解できますか? そうそう、それからあの子ね、抱っこしたらビスケットみたいな香がするんですよ!! ミルクたっぷりの、仄かに甘いビスケットみたいな香りがするんです!!クッキーじゃありません。 あんなバターみたいな脂っぽさじゃない。プレーンビスケット有るでしょう?あれですよあれ。凄く優しい香りがするんです。 あの子男の子ですよ?!何時間でもスーハーできます! もうあの子の持ち物ビニル袋に詰めてスーハースーハーしてやろうと本気で考えちゃいますよ。 何ですかねあの子本当は人のふりしてるけど妖精さんなんじゃないですか。えぇ、きっとそうだ。 だから男の子なのに、あんなに良い香りがするんです。正体は僕と錦君の二人だけの秘密なんです。 本当に可愛い。まさに人類の至宝!まさに純麗の天使!僕だけの美しい白鳥!まさに傾城っ!まさに傾国!!!! あの子が暗闇に輝く月ならば僕はあの子を包む夜空になる。 あの子が一人健気に彷徨う小舟ならば僕はあの子を抱く海原になる! あの子が野に咲く可憐な花なら僕はあの子に口付けをする蝶になる。」 ―― 『錦は前世で悪い事でもしたのか、それとも不幸の星の元で生まれたのか…どちらなのでしょう? こんな未曽有の大災害の様な男に気に入られるなんて…お気の毒に。』 「それであの糞真面目で堅物で気が強くて偉そうで生意気な性格ってもうっ!!! 苛めてください構ってくださいって可愛がってくださいって言ってるようなものだろ!犯罪的に可愛い可愛い錦君可愛いかわウグッ?げほっこほっ」 途中、声をからし始めた僕に受話器の向こうで若狭が無言になる。 『風邪ですか?』 そういえば、塾で受持ったクラスの生徒が風邪症状で4人ほど欠席していた事を思い出す。 体調不良の講師が数人いたことから、嗽手洗いをするように回覧が回ってきた。 適当な所で会話を切り上げて、早々に就寝したが――明け方。 高熱と頭痛に目を覚まし「あ、これヤバいやつだわ」と確信する。 時計を見れば4時58分。活動時間にしては早過ぎだ。 何とかベッドを抜け出すが、足がふらついて倒れそうになる。 解熱剤を飲んで様子を見よう。 ――今日は10月9日月曜日だ。 約束の日までまだ猶予は有る。14日までに体調を整えておけば問題ない。 楽観的な気持ちで、薬を飲んでもう一度眠りについた。 そして3時間後薬が効いたのか、すっきりとした気持ちで目覚める事が出来たよ! なんてことは勿論なく、咽頭痛に始まり、呼吸器の急性炎症。後に発熱、吐気、悪寒、咳が続いたわけだが―――。 「溶連菌とインフルエンザテストはマイナスですが、マイコプラズマ肺炎はプラスですね。さて、発熱も酷いし海輝さん入院しましょうか。」 朝比奈総合病院の内科外来の受付から少し離れた個室にて隔離された僕に、昨日の電話相手、朝比奈 若狭が楽し気に言いやがった。

ともだちにシェアしよう!