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第11話【真の価値】「共喰いの一族」
「若狭先生と出かけた。あとはお前に話した予定とほぼ変わらない。――お前は、誕生日はどう過ごしていた?」
先程の質問に、僕の過去が少しだけ滲みでる。
錦はそれを敏感にかぎ取ったようだ。
もぞもぞと動きながら、体を離して寄り掛かる様にして座りなおす。
すり寄ってくる猫みたいで可愛い。
「プレゼント交換に誕生日会か?」
そうだね。
個人的に仲の良い友人たちとプレゼント交換もするけど、クラスでお楽しみ会というやつが一月に一回開かれて、そのついでに誕生月の生徒のお祝いもするんだ。
昼間は仲の良い友達と、夜は家族で誕生日を祝ったよ。
ケーキを切る時、均等にすることが出来なくて良く下手くそって笑われたなぁ。
――懐かしいなぁ。
とても、楽しかった。
温かく優しく、尊いあの日の輝き。
もう二度と戻らないそれを、錦に微笑みながら胸の奥にしまう。
錦は不思議そうに小首をかしげる。
「賑やかなんだな。そうか、そういうものか。忙しそうだ。」
「君の方が忙しいイメージがあったよ。朝比奈家だろ?誕生日とか盛大に祝いそうだったけど、そうでもないんだね。」
養子になるまでは一般家庭で育った僕には無縁の世界だ。
「7歳までは盛大な誕生日パーティーを開催していた。 季節柄寒暖差があり体調を崩しやすい時期だ。 俺は当時行動制限される程病弱だったから。挨拶をする程度であとは休んでいた。」
大人たちの付き合いに入り込めず退屈をした子供たちが、仲良く遊ぶ世界を想像していたがどうやらそれ以前の問題だった。
「その後は、お前も知ってる通りだ。」
後継者候補から外れた錦の価値は失われた。
7歳を境に彼の世界は一転したのだ。
「俺を晒しものにしたくないと言う気持ちも多少はあったはずだが――父と母からすれば、誕生日パーティーなど開催したら自分たちが恥をかくだけだ。」
本家筋でありながらも、すべての権利を手放した錦。
「それに、原級留置の対象にもなったしな。」
移植手術後、彼は半年もの入院療養期間を経て復学しているがその後体調を崩し入退院を繰り返している。 出席日数が足りず原級留置を言い渡されていた。 錦の通う小学校は公立とは違い独自の厳しい規則を持つ私立小学校だ。
「始めは転校も視野に入れていたし父も母もそれがベストだと考えていたんだ。俺も彼らが望むなら従うつもりだった。でも」
溜息まじりで、部屋に飾られた薔薇を見た。
きっと朝比奈家の誰かからの贈り物だ。
贈物は錦の元へは直接届かず、父親の秘書を通し厳選された品だけが届けられる。
成程ね。皆まで言わなくても、その先の隠された言葉と真実を錦の物憂い気な眼差しから汲み取る。
「色々あって進級できなかったんだ。」
本来なら11歳である彼は小学5年生のはずだ。
錦には同い年の親類が同じ学校にいた。
元同級生――今は一つ上の学年の生徒。そしてその親。 後継者候補に選ばれなかった少年と、本家の嫡子。
有力な総裁候補と反対勢力。嫉妬と朝比奈同士の確執。
出席日数が不足していようとも、学校への寄付金、家柄さらには品行方正を絵にかい たような錦であれば学力面も考慮され原級留置など受けることはなかったのではないか。
つまりは、同じ朝比奈による学校側への脅迫めいた圧力。
本人の意志無しでは決定事項とはならない事から、 おそらく父親または母親がなんらかの挑発を受け錦を現状へと導いたのではないか。
結果足を引っ張りあう負の要因が錦を絡めとり彼を一人苦境へと立たせたのだ。
朝比奈は、共喰いの一族だ。
同じ朝比奈同じ学年、性別も同じ。
それでも天と地の差もある程の出来の良し悪し。立場の優劣。
それが逆転すること程の、爽快感は存在しない。
己より遥かに優れたものを失墜させる愉悦。
己より遥かに優れたものを劣った物として扱う加虐的な快楽。
――あの薔薇は、そんな相手からの贈り物なのだろうか。
彼らの両親が、親を通し錦宛に贈ったのだろう。
「そういや、錦君と同い年の子いたよね。崇嗣君に大地君だったか。」
崇嗣君には二人の兄がいた。
豊君に康平君だ。
崇嗣君ね。僕も面識がある。
可愛げのないクソガキだったよ。
直ぐに泣きわめき権力を笠に、周囲の人間を踏みつけるような屑だった。
同じ子供でも錦とは大違いだ。
まぁ、最後は自分が踏みつけられたんだけどね。
僕はあえて気が付かない振りで、探りを入れる。
「ぱっとしないイメージがあるなぁ。確か今は事故に遭って長期入院だっけ?可愛そうに。お見舞い行かないの?上にお兄ちゃん二人いたでしょ?彼らとは交流ないの?」
錦の通う小学校は高校までエスカレーター式だ。 同じ学校の筈だから多少の交流は有るのではないかと考えたが。
「俺がこうなってから、兄弟のうちの一人はやたら親し気に接しては来たな。」
優しいねぇ。大地君は?
揶揄うと、ふんと鼻で笑われた。
「やたら馴れ馴れしく鬱陶しい。 俺をか弱い女か何かと勘違いしているんじゃないのか?」
「意地悪より良いんじゃないの?」
軽蔑しきった様な目で、錦は僕を見上げてくる。
瞬きすらしない、鋭い瞳。子供のする瞳じゃない。
「あれは優しさではない。 己より劣っていると思う相手への優越だ。俺に優しくすることで劣った自分自身を宥め傷付いたプライドを修復しているに過ぎない。 今まで負けていた相手に『この程度で』勝ったと勘違いし、掌を返す様な奴だ。 そんな間抜けどうでも良い。俺は俺だ。――彼らに憐れまれ同情されるような人間じゃない。」
格の違い。それが最もふさわしい言葉だ。
やはり彼は良い。
高潔で美しくそして強い。
だから、こんなにも僕は君の存在に焦がれるのだ。
「そんな人たちに僕は後れを取ったのか…。君の誕生日には一緒に居たかった…。御免。約束破った。」
じっと黒い眼がこちらを見上げ次に盛大なため息を吐く。おい、ここで何故溜息をつく。
「…週末本当は色々計画してたんだ。御免ね。」
「お前は馬鹿か。」
…。
……。いや、ここで何故溜息?
そして、そのセリフなのだろうか。
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◇10月16日の誕生花
苔薔薇:愛を告げるとき、真の価値
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