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第2話「出会い」

 都山優穂(とやまゆうほ)が中学に上がった時、母親の景子が知人から家庭教師を紹介して貰ったと言い、息子の了承も得ずに契約してしまった。  家庭教師の青年、北見輝弥(きたみてるや)は、近所に住む大学院生で、挨拶にやって来た日より週三日、都山家に顔を出すようになった。  北見は百八十を超える長身で、クールな印象の風貌をしているが、その実、話し掛けると気さくで、とても優しかった。  極度の人見知りだった優穂も、彼には直ぐに心を開くことが出来た。会う度に勉強以外の話をしたいと思い、休憩時間には少しずつ、母親にもした事のない小さな悩みや、好きな女の子の話を隠し事なく話した。  北見は聞き上手で、答えを導き出してくれるところも全て優穂を魅了し、彼にとって無くてはならない存在となってしまった。 「…優穂君って、お母さんにそっくりだよね。目元とか特に。」  いつものように勉強を見てもらっている最中、北見がふと漏らすように呟いた。  その言葉は優穂にとって、うんざりするものだったが、北見の視線が思いの外近くて、照れたように問題集を解く手を止めた。 「よく言われる。男は母親に似るものなんでしょう?北見先生はどうなの?」 「僕は…そうだな。両親共に少しずつ似てるかな。人には特にどちらに似てるとは言われたことはないけど。」  優穂は北見の顔をまじまじと見つめ、彼の母親もそれなりに美人なのではないかと想像する。ふと間近で二人の視線がぶつかった。 「ご免、手を止めさせちゃったね。」  頬を赤らめた優穂の頭を軽く撫でて、北見はいつもの涼し気な笑顔で、問題を解くように促した。それに従い、優穂は鼓動が高鳴った事をなかったことにした。    雨がひどく降り注ぐ十月のある休日の午後、優穂は友人宅からの帰り道を一人で急いでいた。少し小降りになったところを狙って帰途に着いたのに、自宅まで後半分といったところで豪雨に見舞われた。傘を差していても意味がないくらい全身ずぶ濡れの状態で、ひたすらに自宅マンションを目指す。 その途中の自動販売機の立ち並ぶ軒先で、雨宿りしている人物が目に留まった。 「北見先生?」  視界が悪い為、近付いて確認すると、優穂と同じく、ずぶ濡れの北見だった。 「どうしたの?傘は?」  その日は朝から雨の天気で、傘を持っていないのは不自然だった。 「人に貸したんだ。」 「綺麗な女の人だったんでしょう?」  北見の返答に納得しつつ、優穂は揶揄してみる。 「まぁね。」  軽く肯定され、その瞬間、優穂の胸は僅かに傷んだ。 「僕が住んでるマンション、あれなんだけどさ。」  北見はこの界隈で最も大きなタワーマンションを差した。 「よかったら、傘に入れて送ってもらえないかな?」  優穂は快く頷いて見せ、傘を差し出す。予てから一度彼の住む場所を訪れたいと思っていたのだ。 「助かるよ。…僕が持とうかな。」  傘を受け取った北見が、優穂の肩を抱き寄せた。改めて二十センチ以上ある身長差を、彼は思い知らされる。 「タクシー呼ぶには微妙な距離だけど、少し遠いよね。ご免ね、優穂君。」 「大丈夫だよ。…それに、先生のとこ、一度行ってみたかったし。」  北見のマンションのエントランスに着く頃には、雨は少し小降りになってきていた。 「有難う、助かったよ。」  ホテルのロビーのような豪奢なエントランスに、優穂は「高そう」とぽつりと呟いた。 「親戚の部屋を借りてるんだよ。…少しの間だけの仮住まいみたいなもんさ。」  北見の何処か言い訳じみた説明が終わると同時に、優穂が勢いよくくしゃみをした。 「風を引いてしまいそうだね。部屋に来るかい?」 「うん、先生の部屋見たい!」  優穂は目を輝かせた。  エレベーターに乗ると、北見は二十階のボタンを押した。 「君さえ良かったら、一緒に風呂に直行しようか?」  そう言われて、優穂は祖父以外の大人の男性と風呂に入るのは初めてだと気付いた。 「男同士だし、問題ないだろう?」 「問題ないよ。」  気恥ずかしさがあったものの、北見に対する興味の方が大きく、優穂の胸は高鳴った。 「まず、脱ごうか。」  玄関に入った開口一番、北見にそう言われて、優穂は少し躊躇する。 「靴下だよ。このまま上がられると嫌かな…。」  優穂は慌てて絞れそうなくらい雨水を含んだ靴下を脱いだ。  備え付けのシューズボックスの上にはタオルが三枚程置かれており、その一枚を北見は差し出した。 「準備いいんだね。」 「一人暮らしだからね。予想できる範囲では、こういうこともするよ。」  優穂は感心し、憧れの眼差しで彼の動向を見守った。  廊下には四つの扉があり、唯一引き戸になっている一室を北見が開け放った。石鹸の香りが漂うそこは脱衣室で、大きなドラム式の洗濯機と備え付けのクローゼットと小さめの洗面台があった。  北見は脱いだ衣類をそのまま洗濯機に放り込んでいく。 ――僕もこの人くらい背が伸びるだろうか?…思ったよりも鍛えられてて…やっぱり格好いいや。  露になった彼の広く男らしい背中に、優穂は魅了され、息を呑んだ。 「よかったら洗濯するけど?」  見つめていた背中に振り返られ、優穂は慌てて目を逸らした。 「うん、お願いします。」 優穂は気恥ずかしさを取り払い、張り付く冷たい衣類を潔く脱いで洗濯機に放り込んだ。 「これ、やってから来るから、先にシャワー浴びてて。」  液体洗剤を掲げて微笑む北見に促され、スモークガラスの引き戸の先へ優穂は進んだ。中は広く、バスタブは長身の北見でもゆったり入れるサイズだった。  ステンレス製のシャワーは最も高い位置にあり、優穂は背伸びをして手を伸ばした。そこへいつの間にか入ってきた北見が、背後から手を伸ばし、シャワーを優穂の肩の位置までスライドさせた。そしてコックを捻ると冷たい水が二人を襲った。 「冷た…!」 「ご免!」  北見は嬉しそうに笑っている。 「お詫びに洗ってあげるよ。」  シャワーを手に取り、温度の確認をしていた北見が、有無を言わさず優穂の首筋を撫でた。 「あ、いいよ!」  抵抗しようとした優穂の頭めがけて、水圧の高いシャワーが降り注いでくる。止まったと思ったら、香りのいいシャンプーに包まれた。 泡が流れてしまうと、北見がスポンジを泡立てているのが目に入った。 「体はいいよ!」  聞き入れてもらえず、スポンジが優穂の体を滑っていく。 「まだ少し、日焼けの名残りがあるね。」  殆ど日に焼けた事のない臀部に手を這わされ、優穂はピクリと体を跳ねさせた。ほどなくして、優穂は自分の下半身の異変に気付く。  頭を擡げるまだ幼いそれに戸惑い、両手で覆った。 「どうしたの?」  北見に背後から囁かれ、優穂は全身を強張らせた。 「…何でもないよ。」 「そう?でも、それ、処理してあげないと…。」 「処理って…?」 「知らないの?」  泡まみれの大きな手が、優穂の両手をそこから引きはがし、熱を持つ中心を優しく包み込んできた。 「北見先生…?」 「調度、勃起してるし、…剥いてみようか?」  北見がゆっくりと包皮を下げていく。 「痛い…!」 「我慢して。なるべくこの状態を維持するんだよ。…大人になる為に必要な過程だからね。」  優穂は体を硬直させる。大人になる、という言葉に少し恐怖を覚えた。 「出したい?」  北見の問の意図を深く理解せずに、優穂は頷いた。その直後、北見の手が隆起する下側を優しく上下する。初めての快感に優穂は下肢を痺れさせた。  そのまま固く目を閉じ、全てを北見に預ける。心拍数は上昇していき、吐息混じりの甘い声も漏れ始める。優しかった手は、徐々に激しさを増していき、先端も同時に刺激された。 「あ、待って…あっ…あぁ!」  次の瞬間、乳白色の液体が勢いよく迸り、目の前の鏡に掛かり、伝い落ちた。 「ご…めんな…さい…。」  不意に襲ってくる羞恥心と罪悪感が入り混じったような感覚に、優穂は顔を伏せた。 「こっちこそ、ご免。でも、やり方、わかっただろう?」  一通り泡を流し終えると、シャワーを止めた北見は、優穂の目線の高さで彼を捉えた。 「優穂君、精通はいつだったの?」 「え…?」  唐突な質問に、優穂は身を竦ませた。 「初めての射精だよ。いつだったの?」  あからさまな言葉に置き換えられ、優穂は顔を赤らめた。 「今年の…三月くらいに、朝、パンツが汚れてた。…それから何回かそんな風になったよ。」 「それ、生理現象だから。さっきみたいに自分でしたら、夢精はなくなるよ。」  家庭教師をしている時と同様な屈託のない解答に、優穂の罪悪感が少し拭われたようだった。

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