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第15話「諜報」~CRACKER~

 暫くして、北見の会社のパソコンへの侵入に成功したと、姫川に告げられた。誰か間抜けな社員がウィルス入りメールを開いたとの事だった。 「このアクセス権限が最も高いのが、変態のパソコンだな。…優穂の黒歴史のデータ形式は何?メール?」  優穂は顔を紅潮させた。 「…音声データ。あと…昨日、ビデオ録られた。あのさ…!」 「見ないし、聞かない。…それらしきデータ見つけたら、優穂に確認してもらうから。まぁ、根こそぎ消してやってもいいけどね。」  姫川に察してもらい、優穂は安堵の吐息を洩らした。 「これで遊んでて。」  姫川がタブレットを渡した。 「ゲームが幾つか入ってるし、映画も観れるよ。」 「有難う。…作業、時間掛かりそう?」 「どうかな?セキュリティ自体は突破してるから、そんなにでもないかな?」  姫川はモニターに視線を移して、再びキーボードに指を走らせ始めた。優穂はソファに戻ると、改めて彼の後ろ姿をじっと見つめる。それから、普通よりも見た目がイケてるこの少年は、本当の自分を隠して生きているのだと想像を膨らませる。 ――まるでスパイ映画だ。…スパイ?スパイなの?…何かの犯罪組織の人間?  姫川に対して妄想を膨らませていると、不意に名前を呼ばれた。優穂はいそいそと彼の下へ行く。   「幾つか分かった事を教える。まず、これ…。」  右端のモニターに優穂の部屋や書斎、リビングの白黒の映像が映し出された。 「自宅をいつでも監視出来るようにしてるみたいだ。セキュリティ会社に依頼している分とは別にね。他にも設置してある。例えば人感センサー。これで部屋に誰かが入れば変態のスマホに連絡がいって、監視カメラを確認するって流れにしてるみたいだね。カメラもセンサーも建築の際に取付けられてて、パッと見じゃ分からない感じになってる。」  一度盗聴を疑って家探しした時に、書斎に入った数分後に、不意に北見が現れたことを優穂は思い出した。 「三日分、録画されたデータがあるみたいだけど、どれか見たい部屋ある?」 「じゃあ、昨日の朝、八時半から十時にかけての二階のホール。」  母親の景子が階段から落ちた状況が分かるはずだった。 「…二階のホールはないみたいだけど、一階ホールと階段の映像ならあるみたいだ。」  画面をセレクトし、日付と時刻を指定して若干早送りで再生する。  画面の中に北見が出勤する風景が映る。それから優穂が登校し、その後、再び北見が家へ戻って来た。景子と何やら会話してから階段を上がって行く。続いて景子も階段を上がって行く。それから暫くすると、階段を上り切ったところでかなり小さく映っているが、北見が 花瓶を手にしているのが分かった。飾り棚に隠しておいたペットボトルから水を花瓶に注ぐと、残った水を棚から階段に向けて流した。空になったペットボトルを棚の中に戻し、北見は水を避けて階段を降り、玄関へ姿を消した。それから少し経過して、景子が勢いよく階段から滑り落ちて行った。 「お母さん、大丈夫だった?」 「今、入院してる。右足の骨に罅が入ったくらいで済んだみたい。」 「そっか。…変態は中々の策士だね。だけど、刑事事件にするには少し弱いかな…。」 「でも、証拠残ってた。この映像は抜き出せる?」 「出来るよ。」 「あと…それ以外の録画は削除してほしい。」  優穂の辛そうな表情に気持ちを察した姫川だったが、ダメ元な提案をする。 「そのデータも証拠になると思うんだけどな。…勇気ない?」 「燈だったら公表出来るの?」  逆に問われ、姫川は直ぐに意向を取り下げた。 「…この件は了解。…じゃ、次。…削除されたメールを復元したんだけど、違法ドラッグ買ってるね。何か試されなかった?」 「媚薬ってやつを一回盛られた。…後は違法か分からないけど、やる前に狭心症の薬を嗅がされた。」 「それ、似てるやつでRUSHってのもあるんだけど、日本じゃ違法だからね。…でもこれも弱いな。捕まっても直ぐ釈放だろうしな。」  姫川は何らかのネタで、北見を警察に突き出そうと思っているらしかった。 「泊めてくれるの、今日だけなんだよね?」 「いや…もうちょっといいけど…。」  姫川は言い難そうに声のトーンを落とした。 「…俺さ、まだ学校側にも話してないんだけど、この夏休み中に転校するんだよね。」 「転校!?」  全く予想していなかった状況に、優穂は驚愕し、姫川を凝視する。 「うん。生徒には誰にも言うつもりなかった。だから内緒な。」 「なんで…。」 「強いて言えば俺の保護者の都合。詳しくは言えない。」  問を遮られたようになり、優穂は閉口した。 「…八月分の家賃までは払ってあるから、来月一杯、ここ使ってくれてもいいけど。…でもさ、逃げてるだけじゃ解決しないって分かってるんだろう?」 「…うん。」  燈に真っ直ぐに見つめられ、優穂は耐え切れず俯いた。 「ね、これさ…。」  沈黙を打ち破るように、姫川がとある有料サーバーのサイトを開いて見せた。 「変態が頻繁にアクセスしてるみたいなんだけど。ここに多分、黒歴史データがありそうな気がする。」  画面にはIDとパスワードを入力する画面が出ている。 「パスワードか…。これもクラックするの?」 「いや、幾つか候補あるから大丈夫だよ。」 「候補?」 「パスワードや暗号キーを解析してくれるアプリってあるんだよ。…そんな感じで、このアパートの住人のWi-fiは全て使えるようになった。」  複数回に渡り、キーボードで入力していた姫川が、「きた、これ!」と言ってフォルダアイコンの並ぶ画面を優穂に見せた。幾つかのフォルダ名がYU-HOになっている。 「じゃ、確認よろしく。あ、勝手に削除はまだするなよ。」  姫川は立ち上がり、優穂を椅子に座らせた。 「どこ行くの?」 「トイレ。あと、確認終わるまでキッチンにいる。あ、何か飲む?紅茶くらいなら淹れられるけど。…冷たいのはミネラルウォーターしかないな。」 「紅茶でいい。いただく。」 「おう。」  姫川はリビングルームを出て、開け放たれていた扉を閉めた。一人になり、優穂はボリュームを最小限にしてファイルをクリックした。冒頭だけで、自分の留守電メッセージだとわかり、直ぐに止めた。そして昨夜のまだ記憶に新しい凌辱の記録も一瞬だけだが確認した。それ以外にも隠し撮りしたと思われる優穂の写真もあり、ストーキングされていた事実に鳥肌が立った。  それから優穂の名前には関係ないファイルも開いてみる。それには高校生の女の子が、北見が以前住んでいたマンションの一室で、泣きじゃくっている映像だった。直ぐに自殺してしまった女の子だと気付く。優穂が想像していたよりは大人びた雰囲気の女の子だった。 『…僕は処女が駄目なんだよ。血とか見たくないし。だから、他所で捨ててきたら、抱いてあげてもいいよ。』  姿は映ってないが、北見の声だった。 『酷いよ…。北見さん。…あんな事、一杯させといて。』  優穂は辛くなって映像を止めた。そしてキッチンにいる姫川に声を掛ける。 「終わった?…顔色、悪くなってるぞ。大丈夫?」  姫川が優穂に淹れたてのミルクティーを差し出す。 「有難う。マグカップ、二つあったんだ。食器類なさそうだったのに。」 「よく見てるな。…たまに保護者が来るから、そいつのだよ。」  ふと、姫川の言う「保護者」が気になったが、問うのを止めた。まだ熱い紅茶を啜る。 「甘っ!これ、粉末のやつだろう?」 「うん、ダメだった?」 「いや、いいけど。…これも意外な感じ。」  優穂は笑みを誘われる。甘過ぎる紅茶に少しだけ癒された気がした。 「全部、黒歴史だった?」 「俺のだけじゃなくて、自殺した女の子関連のもあった。」 「何、それ、屍体愛好者(ネクロフィリア)?」 「違うよ。一年以上前になるけど、あいつの事を好きになった女の子がいて、その子を弄んで捨てた記録があった。…こっちが新聞記事。」  そう言って、優穂はPDFファイルを開き、女子高校生自殺の記事を見せた。 「弄んだって、それ犯罪…!」 「それがさ、電話では猥褻な事させたみたいなんだけど、実際には手を出してないんだよね。」 「ふぅん。でも、ビデオ録ってたんだ。…最初はやるつもりだったけど、途中で興醒めしちゃったってとこかな?女の子には申し訳ないけど、惜しい…。」 「だけどさ、何でこんなの残してるんだろう?」 「あれじゃない?過去に落とした子達の証拠…戦利品って奴?…変態の考えることは分かんないけど。」  姫川は優穂に代わって椅子に座った。 「この辺のデータは中身を別データに差換えておくよ。…あと、問題なのはオリジナルデータの所在だな。複数コピーしてる可能性が高いし。」  作業の過程で、不意に姫川は腕組みをして唸った。 「どうしたの?」 「優穂ん家のパソコン、電源落ちてる。…これじゃ中、見られないな。」 「あ、俺が切っちゃった。…あれから立ち上げられてないんだ。」  優穂は申し訳なさそうに謝った。 「遠隔操作で電源入れるのは、上手くいくか分からないし、面倒だから…これは…。」 「どうするの?」 「直接、ペネトレーションテストと行きますか!」  姫川がいたずらっ子の笑顔を浮かべる。 「何?」 「これから、優穂の家に行くんだよ!」

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