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第17話「受容」~ACCESS RIGHTS~
姫川のアパートに帰り着くと、優穂は嬉々として数本の鉛筆や消しゴムを床に並べ、絵を描く準備を始めた。
「ここに敷けるシーツとかある?」
「あるけど…。」
対して気が進まなそうな姫川が、クローゼットから白いシーツを持ってきた。優穂はそれを受け取り、無造作に、と見せかけて、拘りを持って部屋の中心に敷く。
「はい、燈。裸になって、ここに横たわって。」
姫川はたじろぐ。
「え!?…今、裸って言った?ヌードなの?」
「そうだよ。もう大体のイメージは出来てるんだ。早く脱いで。あ…恥ずかしい?」
優穂は遮光カーテンを閉め、部屋の電気を点けた。
「本当は自然光で描きたかったけど、ここは一階だからね。ほら、脱いで大丈夫だよ。」
「…そうじゃなくてさ!…ああ、もう、分かったよ。」
反論が通用しないと思ったのか、観念した姫川が上から順に衣服を脱ぎ去っていく。白い肌が露になっていく様を、昂る鼓動を押し隠して優穂は見守った。
しかしボクサーパンツ一枚になった時点で姫川の手が止まる。
「この状態でいい?」
「ダメ!パンツ履いてたら、余計にいやらしいだろう?」
「そうなの!?…なんか、アーティスト全開の優穂、怖い…。」
仕方なく下着まで脱ぎ去った姫川は、シーツの上に薄づきの筋肉に覆われた、すらりとした体躯を投げ出した。その肢体に手を伸ばした優穂が、人形のポーズを変えるように好きな具合に角度を調整していく。
「綺麗だね…。」
優穂の口から、無意識に素直な感想が洩れた。
「優穂と変わらないだろ?…身長も体重も、多分、同じくらいだと思うし…。」
「全然違うよ。…肌の質感とか、全然違う。」
姫川は閉口し、少しだけ頬を赤らめた。
幾度かの調整の後、優穂はB3のケント紙を水張りしたパネルを抱えて、姫川の正面に腰を下ろした。
「そこからだと、股間、まる見えじゃねぇか!」
「アートだから、気にすんなって!」
姫川の突っ込みを軽く流して、優穂は迷いのないタッチで鉛筆を動かし、形を取り始めていった。
至福の時を噛み締めるような優穂の事を、逆に観察している姫川が質問を投げ掛けていく。
「優穂が絵を描くのってさ、母親の影響?」
「そんなとこかな…。」
ちゃんと返事を貰えたことをいい事に、姫川は質問を続ける。
「描き方とか教えてもらった?」
「いや、それは一度もなかったな。でも傍で見てたら、描けるようになってた。」
「ふうん。…画家になるの?」
「ならないよ。ただ他に趣味がないから、ただ描いてるだけ。」
答えながら優穂は、自分も彼に質問をしたいという衝動に駆られていった。彼の問いが終わり、部屋が沈黙に包まれると、彼への興味で頭が支配される。
――両親とは死別なの?
――どうして一人暮らししてるの?
――どこでハッキングやピッキングを覚えたの?
――燈の保護者はどんな人なの?
しかし訊いたところで、はぐらかされるか、答えたくないと、きっぱり断られるのは目に見えていた。そして踏み込めば、僅かに開かれた扉は堅く閉ざされ、二度と開けて貰えないような気がする。それだけは絶対に避けたかった。
詮索してしまう邪念を振り払い、優穂はデッサンに集中した。
一時間半が経過した頃、姫川が音を上げた。
「画伯、私の左足の感覚がありません!」
優穂は我に返り、裸のモデルが生きた友人であることを思い出した。
「ご免!休憩するの忘れてた。体、動かしていいよ。…俺、ちょっと手を洗ってくる。洗面台貸してね。」
手を洗った優穂が戻ってくると、体を起こした姫川が、手を使って自身の足をゆっくり引き寄せていた。痺れが切れている状態を悟った優穂は、彼の左足の甲を突いた。
「もう!触んな!モデルになってやんないからな!」
姫川は足を片手で庇い、もう片方で優穂を押しやった。
「いや、なんか可愛くてさ。…もうしないから、警戒すんなって。…絵、見てみる?」
話を逸らすと、姫川は素直に食いついてきた。四つん這いになって床に放置されたパネルに近付いていく。
「もう、ほぼ完成してるじゃないか。…描くの早いんだな。」
「まだ、もう少し描き込むよ。…ってか、燈、なんかエロい…。」
優穂は姫川から目を逸らし、後半部分は声のトーンを落として呟いた。
「脱がしといて、何だよ!…下、履かせてもらっていいですか?」
顔を赤らめた姫川が、脱ぎ捨てた下着を拾う為に立ち上がった。しかし、その行動は優穂によって阻止される。
「うん、と…。タオルでいい?」
優穂が持ってきたボストンバッグからスポーツタオルを取り出した。
「なんでだよ?」
「また直ぐ、描き始めるから!」
タオルを渡そうとした瞬間、姫川の手が優穂の目に掛かる前髪を掬いあげた。
「前から思ってたんだけど、前髪長過ぎ!もう少し切れば、絶対、女子にモテると思うんだけどな。」
その一言を切っ掛けに、優穂の表情が曇ってしまった。
「いいんだよ、これで。…恋愛なんて出来ないし。」
姫川はタオルを受け取るのも忘れ、暗い友人の表情を見つめる。
「どうしてそんな風に言い切れるんだよ?」
「北見に言われたんだ。…俺は一生抱く側にはなれないって。男に成れないまま、あいつに抱かれ続けるって…。」
昨夜の絶望が思い出され、優穂は体を震わせた。その体を姫川が優しく抱き締める。いつの間にか震えは緩和させられ、優穂は彼の裸の背に手を回すかを迷い始めた。
「抱く事が出来ないなんて、…そんなことは絶対にないよ。だってさ、優穂…。今、勃ってるだろ?」
耳元で囁かれ、優穂はぎくりとする。下肢の中心に意識を向けると、熱く脈打つ自身のものが感じられた。慌てて姫川から離れる。
「勃起できるんなら挿入は可能だよ。」
自身の状態と、友人の口から急に繰り出され始めた性的な言葉に、優穂は混乱させられる。
「ご免。燈、俺…。」
「本当は指摘するつもりはなかったんだけど、そんな事言うからさ。…描きながら、俺の事、視姦してた?」
「…してないよ。」
「俺は…途中から視姦されているような気分になってたよ。」
姫川の雰囲気が少し妖艶になった気がした優穂は、彼の下肢に視線を走らせる。そこは何の変化も起こしていなかった。
優穂の思考はマイナスな方向へと傾いていく。
「嫌な気分にさせてたんなら、ご免…。」
「俺が興奮してないから?…それは違うよ。俺は少し特異体質なんだ。」
そう言うと、姫川はシーツの上に跪き、優穂に臀部を向けると、中央の孔付近へと指を這わせた。
「ここを…弄らないと勃たない。」
そのまま上半身を倒すと、扇情的な眼差しで優穂を見上げた。
「優穂がまだ萎えてないならさ、俺のここに…挿れてみる?」
優穂の喉がゴクリと音を立てた。しかし昨夜の北見に貫かれ、出血した自分を思い出し、逡巡させられる。
「燈に、あんな思いはさせられないよ…!」
言いながらも、目の前の裸体から目が離せない優穂は、上がる心拍数に眩暈を覚えた。
「俺は大丈夫だよ。ただ気持ちいいって感じるだけだから。…萎えた?」
「全然、萎えない…。本当に…してもいいの?」
「いいよ…。」
堪えきれなくなった優穂は、誘われるままに姫川の背後に立ち、もどかし気にベルトを外すと、ジーンズと下着を一気に下ろした。
「ねぇ、指でほぐした方がいいんだよね?」
優穂は緊張する両手で姫川の腰を掴んだ。
「しなくていい。…そのまま、いいよ。直ぐ入るから。」
優穂は自身の昂ったものを数回扱くと、一点に充てがい、一気に貫いた。
「あぁっ!」
流石に衝撃を感じたのか、姫川の口から短い叫びが洩れた。優穂は気遣い、動かずに様子を窺う。
「痛い?」
「痛くない…気持ちいい…!ね…、好きに動いて…。」
次第に熱く湿った中に包まれている感覚が、優穂を支配して自制出来なくなっていく。
「うん…あ…燈の中…凄い…!」
「あ!…はぁ…ん…あ…優穂…いいよ…。いい…!」
「もう…イキそうになる…!」
「まだ…ダメ…だよ。…あっ…あ…もっと、突いて…!」
「燈、…声、抑えなきゃ…周りに聞こえちゃうよ…。」
姫川の嬌声が自分の律動から繰り出されていると知りつつ、優穂は窘めてみた。
「…だって、気持ちいい…から!無理っ…!」
突如、姫川の体が痙攣したようになり、優穂のものを激しく締め付けた。それに促されるように射精を急ぎたくなった優穂は、少しだけ躊躇する。
「燈!…もう…イク!…どうしよう…?」
「…あ…中に…出して…全部…!大丈夫だから…。」
姫川から許しが出ると、優穂は解放に向けて律動を激しくし、遂には一層深く結合させ、その中へ放出した。荒い息のまま、暫く余韻に浸っていた優穂だったが、結合を解くと、少しだけ罪悪感に苛まれた。
「ご免…。燈はイッてないのに…。」
同じく息を乱している姫川の体に両手を回し、強く抱き締めた。
「ずっと絶頂感、感じてるよ。…俺ね、射精しなくてもイケるんだ。この感覚、理解してもらえないかも知れないけど。」
優穂の胸中に熱い感情が生まれる。
「ねぇ…、キスしてもいい?」
姫川を抱き起して、正面から見つめた。
「いいよ…。」
最初、軽く触れ、姫川を味わうように舌を割り込ませた。一瞬だけ北見とのキスが過ったが、姫川から芳香を感じ、彼の事しか考えられなくなった。
「甘い…。」
「…よく言われる。」
「保護者の人に?」
「訊くな。」
再度、唇を合わせると、姫川からも積極的に舌が絡められてきた。次第に下半身の血が滾り出す。
「ねぇ…今度は正面からいい?」
「あ…復活した?…いいよ、どんな体位でも…何度でも…。」
姫川は大きく開脚すると、優穂を受け入れた。
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