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第18話「秘密」~VIRTUAL MEMORY~
何度かの行為の後、優穂は姫川をやっと解放する事が出来た。ふと冷静になり、周りを見回して現状を整理する。途中で優穂も衣服を全て脱ぎ去ったので、部屋は物が散乱した状態になっていた。
「もう…描き始めの状態にするの難しいね…。」
乱れたシーツの上で、うつ伏せに倒れている姫川に目を遣ると、落ち込んでいる様子だった。彼から妖艶さは失われ、いつもの燈に戻った、という印象を優穂は受ける。
「あぁ…、もう…俺…なんてことを…。」
優穂は悩める彼の肩に軽く口付ける。
「ご免ね。体、大丈夫?」
「体は大丈夫。…少しメンタルにきてるだけ。」
姫川は顔を伏せたまま優穂を見ない。泣いているのではないかと心配になった。
「後悔してるの?」
「…誘ったの俺だし。優穂が男として自身持てたんなら、後悔しない。…ただ、俺の恥ずかしい部分、曝し過ぎたからさ…。」
半分以上は自分の責任だと思った優穂は、殆ど聞き取れない声で謝った。そして気掛かりに思う事を告げる。
「浮気させちゃったね…。」
そこで姫川は顔を上げた。泣いてはいないようだった。
「は?もしかして俺と保護者が付き合ってるとか思ってる?」
「違うの?」
「違うよ!」
完全否定な回答に、優穂は何だか嬉しくなった。
「ねぇ、中、洗おうか?」
優穂は姫川の双丘をそっと撫でる。
「いや、大丈夫。…優穂の精子は全部美味しく頂きました。」
「何、それ?…燈、なんか…凄い可愛い…。」
優穂は姫川に覆い被さった。
「重いよ。…俺はそういう体質なの!」
姫川は優穂の下から這い出すと、服を拾って着始めた。
「着るの?」
「着ます!…優穂も着ろ。」
姫川は拾った優穂のTシャツを、彼の顔に投げつけた。仕方なくといった表情で、優穂も衣服を身に着ける。
服を着終わった姫川が、壁際のソファへ移動した。
「来て…優穂…。」
隣に座るように促され、優穂は彼の体温が伝わる位置に腰掛けた。
「俺がさ…、実は、とある研究機関に遺伝子操作で造られた人間だって言ったら、優穂は信じる?」
唐突な言葉に理解力が追い付かず、優穂は姫川をただ見つめる。FBIやCIAに追われているという冗談もあったので、俄かには信じてはいけない気がした。
「また、揶揄ってるの?」
「…うん、そう。そのつもりで聞いて。これはSF。」
姫川は話し続ける。
「俺はある東洋系の男性をベースに造られた。普通にクローンとかなら良かったのに、遺伝子の切り貼り作業を重ねられて、俺は特異な存在となった。どこまでがプログラム通りだったのかは、今ではもう分からない。副作用なのか何なのか、体が変になる事態も起きて、…俺って失敗作なのかなって思える時もある。」
姫川は自嘲して見せた。
「…第二次性徴を迎えると同時に、その異変が起きた。俺は不定期的に発情するようになったんだ。…誰かに雌猫の発情期みたいだって言われた。兎に角、一度発情すると、精液を下から注入してもらわないと治まらなくなるんだ。そこから、実験と称して複数の野郎に犯されるようになった。…まあ、女性を襲いまくるよりは良かったのかなっと…。」
優穂は鳥肌が立つ感覚と同時に、怒りを感じた。
「良くないよ!体を好きにされるなんて、絶対にあっちゃいけない!…保護者の人って、その研究機関の人?」
「違う。彼は俺をそこから助け出してくれたんだ。…彼は俺のベースになった人の弟だよ。」
助け出されたと聞いて、優穂の怒りが和らいだようだった。
「どうして、俺に話す気になったの?」
「優穂に、…ただの淫乱って思われたくなかったからかな。言い訳したくなったんだよ。」
「淫乱なんて思ってないよ。…ただ急に豹変して、燈の口から下ネタ出て来た時はびっくりしたけど…。」
「ああ…。普段はなるべく性的な事、避けてるからな。」
姫川は赤面した顔を伏せた。
「…今も、その研究機関に追われてるの?」
「正確には、俺のベースになった人物に、執着してる奴の組織に追われてる。…俺も保護者も東洋系だから、この国だと目立たなくて多少は安全なんだ。…でも長居は出来ない。」
姫川の伏せられた艶やかな睫毛が、少しだけ震えて見えた。優穂は彼の手を握り、指を絡ませる。それは瞬時に握り返された。
「あのさ、優穂…。今の話、全部、嘘だって分かってるよな?」
姫川は彼を見つめて綺麗に微笑んだ。
「うん。分かってるよ。でも、まだ嘘の続きが聞きたい。まだ背景がはっきりしない部分があるから…。」
「ダメだよ。もう、この話は終わり。…しつこいと、その口、塞いでやるからな。」
「…キスでなら大歓迎だよ。」
姫川は優穂の顔を引き寄せると、舌を絡めるキスをした。
ソファを変形させてベッドにした上で、優穂が寝息を立てている。それを確認した姫川は彼の傍を離れ、部屋の灯りを最小にしてスマートフォンを手に取った。
時刻は二十三時に差し掛かろうとしている。
タイミングよくスマートフォンが震えて着信を告げる。彼はリビングを出て扉を閉めてから電話に出た。
「おまえ、何考えてんだよ?」
不機嫌そうな低い男の声が、頭ごなしにそう言った。
「急に発情しちゃったんだよ。止められなくなるの知ってるだろ?…全部、見てた?」
少し間が空き、不愉快そうな返事が帰って来る。
「…途中からな。おまえ、後半、監視カメラ意識してただろう?」
「してないよ。…ただ見られてるなって、途中、少し過ったくらい。」
「…北見優穂、十六歳。母親は画家、義理の父親は北見グループ会社の社長らしいな。おまえ、あんなガキがタイプだったのか?」
「どうかな?ただ、同年代の子は新鮮な感じがした。…ねぇ、録画されてるよね?」
「あぁ、監視の一環でな。…今日のあれは、AVみたいになってるんじゃないのか?」
男は嫌味の籠った一言を浴びせてきた。姫川はそれに動じる様子はない。
「普通の監視カメラよりは解像度いいからね。それをさ、そのAVみたいな部分だけ編集して、持ってきてくれない?」
「あ?…編集?ぼかしとか入れて?…って、それをどうするつもりだよ!?」
明らかに電話の相手は動揺し始めている。
「うん、俺の顔だけ分からなくしてもらうと助かるかな。…ちょっと、やってもらいたい事があるんだよね。」
「…最悪だ!おまえ、最悪だよ!!」
「いいから!一時間以内に来てくれよな!」
強気に言い切ると、姫川は相手の返事も聞かずに電話を切った。
「よし!」
そこで気合を入れた姫川は、リビングへ移動し、パソコンの前に座った。そしてLinuxのテキストインターフェースを立ち上げて、スクリプトを書き込む作業を始めた。
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