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第19話「EXPLOIT CODE」

 北見輝弥は苛立っていた。  従順になった義理の息子である優穂を、今日も可愛がるつもりで夕方六時過ぎに帰って来たのだが、その姿はなく、GPSを確認する為に持たせていたスマートフォンは、彼の部屋の机に放置されていた。  いつ居なくなったのかを確認する為に、書斎のパソコンから会社のパソコンにアクセスして、監視カメラの録画映像を見ようと試みたが、アクセス出来なくなっていた。 仕方なく一旦会社に戻り、直接監視カメラの映像を確認しようとしたが、そこでもアクセス権限がなくなっていた。 ――どういう事だ?…優穂がなんかしたのか?いや、それはない。この事は誰も知らないのだから…。  登録を再設定すると、自宅の映像が画面に映し出されたが、初期化されてしまったのか、録画データは残っていなかった。    自宅へ戻ると、優穂の部屋へ行き、彼のスマートフォンを調べる。ロックは掛かっていなかった。着信履歴やメール、検索履歴等を一通り見たが、外出先の検討はつかなかった。  時刻が七時を回っているのを確認すると、自分のスマートフォンから入院中の景子に電話を掛ける。面会時間は夜の八時までだったと記憶していた。  優穂は母親の見舞いに行っている可能性が高いと予想する。 「はい、景子です。…輝弥君?」  比較的早く景子が電話に出た。一人きりの病室で遠慮する必要がないのだろう。 「ご免ね、今日はお見舞い行かなくて…。」 「いいわよ、毎日は。忙しいんでしょ?」 「うん…。あの、優穂君さ、今、そっちに行ってない?」 「優穂?来てないけど。…いないの?」  当てが外れて、北見は眉を顰めた。 「うん。スマホも置いてっちゃってるし、連絡出来なくて、少し心配になってね。」 「友達と遊びに行ってるんじゃないかな?…小さな子供じゃないもの、大丈夫よ。」 「そうだね。…それじゃ。」 「あ、待って!明後日の午前中に退院することになったの。」 「そう、わかったよ。忘れないように迎えに行く。じゃあ、ゆっくり休んでね。」  淡々と会話を進めて電話を切った。  続けて優穂のスマートフォンから、彼の幼馴染である前原洋治に電話を掛けた。少しの間があって、前原が出る。 「…優ちゃん?」  第一声から、彼が優穂と一緒にいない事を窺い知る。 「今晩は。優穂の父ですけど…。急にご免ね。夕飯の時間だったかな?」 「え…?あの、いえ、大丈夫です。…どうかしたんですか?」  面識がない為、相手の少年の声から緊張感が伝わった。 「優穂がスマホを置いて出掛けてしまってね。まだ帰って来ないんだよ。…今日は会ったりしてないよね?」 「はい。…部活にも来なかったので。」 「何処にいるか、心当たりないかな?」 「さあ…。仲が良い金田君は両親、どちらかの実家に行ってしまってるし…、姫川君の処かなぁ?」 「姫川君?」  北見が初めて耳にする名前だった。 「僕のクラスメイトです。最近、住んでる場所の検討がついて…会いに行こうって話にはなってたんですけど、ちょっと情報が少なくて…。」 「会いに行ってると思う?」  ほんの少しの間が空く。 「いえ…。すみません!ちょっと、分からないです。」  北見は舌打ちしたくなるのを堪えると、彼に丁寧に詫びてから電話を切った。ベッドの上にスマートフォンを放ると、机の上のステンレス製の定規を手に取り、簡易的に取り付けられた、扉の内鍵を乱暴に壊した。  午前一時半を回った頃、家に人が入って来た事を察知した人感センサーが、北見のスマートフォン内のアプリケーションを通して知らせて来た。  寝室で眠りに付いていた北見だったが、反射的に目を覚まして体を起こした。 「優穂か?」  サイドテーブルの置時計で時間を確認してから寝室を出る。一階に人の気配はなく、迷わず二階の優穂の部屋へ向かった。  二階へ行くと、優穂の部屋ではなく、隣の書斎から灯りが洩れている事に気付いた。何の警戒心も持たずに北見は書斎の扉を開けた。その瞬間、鳩尾に重い衝撃が走った。息が止まり、動けなくなる。その状態で、目の前にいるのが、目出し帽の恰幅のいい長身の男だとわかり、彼は身の危険を感じた。  男は北見の両手を掴むと、手際よく結束バンドで両手首を締め上げた。そして、デスク前の重厚感のあるビジネスチェアに彼を突き飛ばして座らせると、両手を頭上まで引き上げ、椅子の足から伸びるロープを結束バンドに通して固定させた。 「どうやって入ってきた?…目的は何だ?」  弱々しく問いながらも、北見は相手を見据える。男は高級スーツを身に纏っており、強盗という風情ではなかった。個人的な恨みを持つものか、産業スパイが直接乗り込んで来たのかと思案する。 「セキュリティが甘いんだよ。…目的は、おまえに代償を払ってもらう為に来た。」  男の低音ボイスが淡々と語った。北見はやはり金が目的なのだと思い、交渉に備える。 「代償?…君は面識がある人物って事か?」 「お前とはないよ。…お前の息子がな、俺の大事な所有物に手を出したんだ。その責任を親のあんたに取ってもらおうと思ってな…。」  北見は理解出来ないといった顔をする。 「優穂が…?」 「そう。そいつ、俺の大事な物を手籠めにしやがった!」  急に怒りのオーラを纏った男が、手の甲で北見の頬を打った。その衝撃のままに北見は顔を歪ませ、男の所有物が人である事を認識する。 「嘘だ!…あの子がそんな事、出来るわけがない!」 「証拠ならある。」  男は手慣れた指先で、北見のパソコンのパスワードを入力すると、USBメモリーを本体に差した。 「なんで…?」 「セキュリティがなってないからじゃないのか?」  男はUSBメモリー内のデータをダブルクリックで起動させた。無音のカラー映像が再生され、北見は驚愕する。 「お前の息子だろう?」  映像の中で優穂が、同じ年頃の全裸の少年を背後から捉え、激しく腰を打ち付けている。 「そんな…。」 「こいつ、五回も中出ししやがった。許される訳ねぇよな?」  北見の中で、男が少年に売春をさせてシノギを上げているヤクザという構図が確立した。優穂はこの売春組織に嵌められたのではないかと疑い始める。 「代償はお前の体で払ってもらう。」  男が近付き、北見のパジャマの上をはだけさせた。勢いでボタンが全て飛び散ったようだ。北見の顔から血の気が引いていく。 「待て…!金なら払う…!」  恐怖にたじろぐ北見の下半身を男は軽く抱え上げ、ズボンと下着を取り払った。 「そんなに縮こませんなよ。」  男は黒革の手袋から薄手のゴム手袋に変えると、デスクに置かれた紙袋からローションと細長い、男性器を模った物を取り出した。 「素早く終わらせる為に、協力しろ。」 「嫌だ!やめろ!」  抵抗の甲斐もなく、ローション塗れにされた物が、露にされた北見の後孔へと滑り込んでいく。 「…もっと太いやつでも良かったみたいだな。でも、まあ、長さで楽しませてやるよ。」 「…抜け!…あ、ああ…来るな…!」  北見は腰を捩って僅かながらに抵抗を見せる。 「動くな!腸が破れるぞ!…。最悪、死に至るからな。」  男の脅迫めいた言葉に、北見は動きを止めた。そして異物に侵される痛みを必死で堪える。 「よし、いい子だ。…もう直ぐS字結腸に辿り着く。」  異物は二十センチ以上、北見の中に潜り込んでいる。とある地点で、北見の口から喘ぎ声が洩れた。男はそれを確認すると、そこで異物の侵入を止めた。  じわじわと上がってくる快感に、北見は戸惑い、男を見つめる。 「俺じゃなくて、こっちを見ろ。」  男に椅子を回転させられ、パソコンの画面を正面にされる。少年を犯す優穂の姿が北見を釘付けにした。無音の映像に北見の喘ぎが重なっていく。 「息子に犯されてる気分になってきたか?」  男の声には嘲笑が混じっている。 「息子…なんかじゃ…ない…。」 「義理の、息子だろ?」  異様な、味わったことのない快感に支配されて、かなりの時間が経過したように北見には感じられた。画面の優穂はまだ少年の体を求めている。 「そろそろ解放してやるか。」  男は吐き出すように言うと、使用済みのゴム手袋をビニール袋に入れ、ポケットにしまう。再び黒皮の手袋へ嵌め変えると映像を止め、USBメモリーを抜き去った。そしてそれを北見の顔の前にちらつかせる。 「…こいつはウィルス入りだったかもな。」  男はポケットナイフを取り出して、北見の結束バンドを切って両手を自由にした。後孔を犯されたままの彼からの反撃はない。 「期待に反するとは思うが、最後の処理は自分でやるんだな。」  そう言い残すと、男は部屋を出て行った。 「くそ…!」  一人取り残された北見は、最初に縮み上がっていた状態とは遥かに異なり、大きく熱り立つ中心を扱き始めた。有り得ないと動揺する理性を凌いで、熱を吐き出したい欲望が彼の手を動かす。もう既に何度か絶頂を迎えたような錯覚に囚われながらも、高まりの最後を目指す。 「あ…ああ…、来る…!優穂…!」  射精と共に異物を一気に引き抜くと、彼はそこで意識を手放した。  深夜、高級スーツを着た長身の男が、古びたアパートの扉の前でスマートフォンから電話を掛けた。相手が出た瞬間、一言だけ「開けろ」と言って、電話を切った。  暫くして、アパートの扉が開けられる。 「お帰り。ミッション・コンプリート出来たかな?」  ほぼ囁き声で出迎えてくれた部屋の主、姫川燈に、男は不機嫌そうに北見邸のディンプルキーとUSBメモリーを渡す。 「あんな事やらせるなよな!俺はゲイじゃないんだぞ!…アダルト・ショップまで行かせやがって!」 「声のトーン、落としてよ。今、何時だと思ってるんだ。」  男は窘められ、序でのように部屋に上がろうとするのも阻止された。 「おい…。」 「優穂いるから。起きちゃうだろ。」  忌々し気に男は、姫川にローション塗れのゴム手袋が入ったビニール袋を投げつけた。 「わ!汚いヤツ?」  少年はしかめっ面になって、キッチンのゴミ箱にそれを投げ入れた。 「ルーチェ、人と深く関わるなって約束させたよな。…これは一歩間違うと事件になるぞ。」 「事件にはしないよ。…今回は特別。次はもうしないから。」  男の厳しい眼差しに、姫川は上目遣いで許しを誘う。しかし男の不機嫌さは治らないようだ。 「それから…、トロイと同じ顔して二度と男を誘うな。」  その言葉に、不意に姫川は怒りと悲しみが入り混じったような光を瞳に宿らせた。 「前、言ってくれたよね。俺はトロイじゃないって。全く別の人間だって…。」 「そうだな…。それは理解してるつもりだ。…だけどさ、おまえのその顔は…!…弟の俺の身にもなってくれよ。」  後半部分の男の弱々しい言葉に、姫川は彼の心情を理解すると、自らの感情を抑え込み、彼を抱擁した。 「ご免ね、カイル。」 「ああ…。」  カイル、と呼ばれた男は、姫川の頬にキスを落とすと、アパートを出て行った。

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