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第2話

 水道から離れ、住んでいるアパートへ向かって足を向ける。  けっこうだだっ広い公園は、奥に足を踏み入れると、繁みの中から嬌声が聞こえてきたりするので、さっさと入口に向かう。  きっとあの茂みの中でいたしている中には、お仲間さんもいるんだろうな、とは思うけど、俺たちは特に横のつながりを持とうとはしていない。  だって、集まって何するんだよ。  あいつの血がうまかったとか、こういうやつの血は不味いとか、そんな話、一般人の前で出来るわけねえし。  やっぱりネット上にある特設サイトで細々情報交換してるだけで十分だ。  俺みたいに覗くだけで書き込まないやつだっているだろうし。  ふと、公園の入り口にほど近いベンチに、男が転がっているのが目に入った。  入ってきたときにはいなかったよな。  と横目で見ると、かなり泥酔している人間の様だった。  デカい身体をだらしなくベンチに寄りかからせ、あーとかうーとか唸ってる。  俺は目を会せない様にして、横を通り抜けようと足を速めた。  ベンチ横を通った瞬間。  泥酔状態の男の手が伸びてきて、俺の腕をガシッと掴んできた。 「うわ! 何だよてめえ!」  思わずそう怒鳴ると、男はへらっと笑いながら、もう一本の手でさらにその腕を掴んできた。  振りほどこうにも、男の力が強くてそれも出来そうにない。 「なーなー、綺麗なお兄さん。俺さあ、足、ヘロヘロなわけよ。こんなところで寝ちゃったらさあ、凍死しそうなんだよねぇ。なーなーお兄さん。一晩の宿を所望します」  にへらっと笑いながらそんなことを言いだす男に、俺は出来る限りの侮蔑の視線を向けた。 「何で俺がてめえみてえな赤の他人の酔っ払いを連れ帰んねえといけねえんだよ」 「目の前でさあ、会話した男が次の日冷たくなってたりしたらお兄さん寝覚め悪くない?」 「別に」  俺の答えに、何が可笑しいのか、男が笑う。 「頼むよ~すでに懐もすかんぴんなんだよ。一晩の宿を提供してくださいぃ」 「離せよ……っ!」  腕を振り回しても、二本の手でつかまれているせいかびくともしない。  酔っててなおこの力とか、どんだけ怪力なんだよ。 「何でもするから。明日の朝飯だって作るから。だから泊めてえええ」 「ふざけんな!」 「ふざけてませんん!」  くっそこの酔っ払いが!  腕を抱え込まれて、抜けないそれにイラッとした俺は、男の頭を鷲掴んで引き離そうとした。  くっそびくともしねえ。 「だいたいなんで俺なんだよ!」 「だってここの公園、西側の入口がハッテン場だからこっちの東側入口誰も通らねえんだもん! 向こうに行って知らないおっさんに食われんのもやだし、でももう歩けねえし! お兄さん逃したら俺、凍死確実!」 「じゃあなんだってそんな帰れねえくらい酒飲むんだよ! 馬鹿かてめえ!」  俺の叫びに、男がハッと顔を上げて、目を潤ませた。 「お兄さん……見知らぬ俺の事、心配してくれてんのかよ……! もう俺、あんたに付いてく! そんな優しいお兄さん一生離さねえ!」 「つうか離せよ!」  ったく、酔っ払いの思考回路ってどうなってんだよ!  訳わかんねえ!  くっそ、明日も仕事あるってのによ!  こんなところでこんなやつに掴まるって俺今日厄日かよ!  さっき飲んだ飯は不味かったしよ!  はあっと溜め息を吐く。  そして、腕に縋り付いてる、俺なんかより頭一個分くらいデカいだろう男を見下ろした。 「……朝になったら、叩き出すからな」 「綺麗なおにいさあああああん! あんた、天使なんだな?!」  いや、吸血鬼だけど。  と内心で突っ込む。  こんなのにずっとくっつかれてここで時間をつぶすよりはましかなと、早々に諦めた俺なのだった。

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