3 / 10
第3話
男を引き摺りながら何とかアパートに帰ると、途中力尽きたように寝てた男を床にたたき落とした。
何度そこらへんに捨てようと思ったことか。
でもやっぱり俺だって心はある。
こいつが言ったように、こんな風に縋り付いてきた男が次の日そこで冷たくなってたらちょっとばかり寝覚めが悪いと思って、思わず連れ帰ってきちまったんだよ。
繁華街だったら、通りに誰かしらいるし、近場の店の誰かしらが起こして家に帰してくれるってのはわかってるんだけどよ。店にとっても隣で泥酔した女が死んでましたじゃ外聞悪いしな。
でもここらへん、全く人通りないんだよ。
クソ。
自分の甘さに反吐が出る。
でも、俺たちの場合、警察に掴まって留置場になんか入れられたら、それこそ命に係わるから。だから掴まるようなへまだけはしないよう気を付けてるんだよ。
はあっと溜め息を吐いて冷蔵庫を開ける。
もちろん入ってるのは飲み物だけ。他は何も入ってねえ。当たり前だけど。
ミネラルウォーターを取り出して、キャップを開けて、直飲みしながら男のほうに歩いていくと、男はアホみたいに口を開けて寝ていた。
押入れを開けて毛布を取り出して、無造作に男に掛けると、シャワーを浴びるために寝室に向かった。
腰にタオルを巻いただけの状態で浴室から頭を拭きながら出てくると、寝てたはずの男がむくっと起き出したのが目に入った。
「あれ……ここは……」
きょろきょろしてる。
だよな。
帰ってくる途中寝ちまってたもんな。
「俺の部屋。おい、酔っ払い。てめえは床で寝ろよ。部屋に上げてもらっただけでもありがたいと思え」
俺が声をかけると、ハッとこっちを向いた男が俺の姿を目にした瞬間、にへらっと笑った。
まだ酔っぱらってんのかよ。
と顔を顰めながら、服を着るため部屋を横切る。
「綺麗なお兄さん。もちろん、床でいいよ。ありがとう、ホントありがとう。一生感謝するよ! ……って、喉かわいた」
ハイテンションな男の言葉に溜め息を吐きつつ、服を取り出して振り返った瞬間、男が俺の飲みかけの水を煽ってるのが目に入った。
あ、やべ、あれ、俺の唾液付いてるやつ!
「勝手に飲むんじゃねえよ……っ!」
と止めようとしたが時すでに遅く。
男は半分ほど水を飲んだところで、動きを止めた。
ぎらっとした目で俺を見据える。
俺が後ずさると、男が更に距離を詰める。
「綺麗なお兄さん……」
「な……、なんだよ酔っ払い……」
狭い部屋、俺はすぐに壁に追い詰められてしまった。
夜中だし、騒ぐわけにもいかねえし。
って、そんなこと言ってる場合じゃないんだけどよ!
「俺の名前は小林成久。成久って呼んでよ、綺麗なお兄さん……。あんたの名前、そう言えば聞いてない……教えて……?」
壁ドンされながら名乗り合うなんて、いったいどこのギャグ漫画だよ。
「何でてめえに教えなきゃいけねえんだよ……」
「俺が知りたいから」
あああなんか酔っ払いが俺に流し目してる。
つうか色気駄々漏れ。もしかして、やる気満々じゃね……?
と名前を答えず視線をチラっと下にすると、はい、ズボンの前、テント張ってるよ。
この媚薬効果、何とかなんねえのかよ。
って、これがなきゃ穏便に食事することも難しくなるから仕方ねえのはわかってんだけどよ……っ!
「教えてくれたってイイだろ……。名前、呼びたいし……」
「俺は呼ばれなくて全然かまわねえよ! そこどけよ!」
「じゃあ、教えてくれるまで、キスしちゃお……」
と男の顔が迫ってくる。
「わっ、馬鹿やめろ!」
直キスなんて理性飛ぶだろ!
回し飲み程度でこんなんなっちまってるんだからよ!
と男の顔を必死で手で押さえてキスを回避しようとするが、それが気に入らなかったのか、男は欲情した目を少し細めた。
「手、邪魔」
一言そう言って、俺の手を掴むと、難なく壁に押し付けた。
何これ。なにこのバンザイ状態。
「名前……教えてくれよ……」
「お……教える! 教えるからキスだけはすんなよ! しおん! 汐音だよ!」
「汐音……」
男は俺の名前をうっとりと呟くと、そのまま近い顔をさらに近付けてきた。
「汐音……可愛い……」
「気の迷いだ……んぐ!」
とうとう唇を重ねられ、泣きそうになる。
舌が!
舌が口ん中入ってきた!
あああ、これじゃもうこいつ、止まんねえよ!
どうすりゃいいんだよ!
ともだちにシェアしよう!