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第8話

 あれからまた一週間。  そろそろ血液を補充しないと、ヤバい。  男は相変わらずうちに居候していた。  なんかもう、いるのが当たり前になっちまって出て行けとも言えなくなってる。  この間、男がスープを作っていたので、具を避けて飲んだら、男が感極まって目に涙を浮かべて抱き付いてきたのが、結構笑えた。  最近では、作ったもん食ってやれなくてごめん、とか思い始めてる。  でも男も諦めたようで、俺にはスープ以外は作ることはなくなった。  セックスは、毎日してる。  あの身体の奥で感じる熱さは、何かが満たされた様な気がしたけれども、やっぱり腹は減るから、血液の代わりにはならないらしい。  でも、血を飲ませろ、なんて言ったら、きっと男だって逃げるよな。  あのにへらっと笑う顔が恐怖で歪んだところなんて、見たくねえ。  俺を見る瞳の中に、色んな感情がこもってるように見えるけど、あれが恐怖で染まったらと思うと、足元から頽れて行きそうな気がする。  やっぱり、男の血は、飲まねえ。  秘密は、ばらさねえ。  いつものように、女を物色。  捕まえた女を建物の影に連れていく。  犬歯を立てて、いざ、と血を舐めた瞬間、胃液が込み上げて来て、俺は女から身体を離した。 「う……ッ、ぅえ……、げほ」  耐えられなくて、そのまま吐いてしまう。  力なく道に横たわり恍惚とした表情の女を一瞥し、俺は際限なく込み上げてくるものを必死で我慢し、その場を離れた。  ダメだった。  今までは何とか飲めていたのに、もう、飲めない。  あいつの血の味を知ってしまったからか?  なんで、あの男の血だけは美味いんだ?  男なら、うまいのか?  そういう結論に達し、俺はふらつく身体に喝を入れ、今度は男を誘うために足を進めた。  結論から言うと、他の男の血は、女の血よりさらに酷かった。  匂いからしてダメだ。  舐める気にもならない位に。  でも気合を入れてひと舐めした瞬間、またしても胃液が逆流してくる。  もう、何も腹に入ってない。  無理やり自販機で買った飲み物を飲み干し、飢えを誤魔化す。  フラフラと家に帰り着き、安堵のために力が抜けた瞬間、伸びてきた男の腕に身体を支えられた。 「汐音!」 「あ……わり……ちょっと、調子、悪くて……」 「ちょっとどころじゃない顔色だ。今日こそはなんか食ってくれ。頼むから」  苦しげにそんなことを言う男に、思わず「血をくれ」と言いそうになり、弱った頭でさっきの思考をおもいだし、口を噤む。 「ちょっと寝れば、治るから……」  っていうのは嘘だけど。  このまま血液を採らないと、段々と衰弱していくだけだ。  そんなの、こいつに見せたくねえ、とか思っちまった。  なんかさ、俺、いかれてるかも。  それとも今、衰弱してきてるから、弱気になってんのかよ。  こいつ、成久に、ずっとそばにいて欲しい、とか思ってる。  キスして、誘って、その気にさせて、あの熱い奔流が欲しい。  満たされた様なあの気持ちを、いつでも味わいてえとか。いかれてる。  だからこそ、こんな姿、そして弱ってく俺なんて、見せたくねえし、俺が吸血鬼だなんてバレたくねえ。 「つうかいつまでここに居座ってんだよ……。少しの間って言いながらずるずると……。迷惑、なんだよ……」  男の腕の中で、しっかりと腕に縋り付きながら言うセリフじゃねえ。  自分でも思う。 「そろそろ、出てけよ……」  言いながら泣きそうになってる顔を、男の胸に顔を埋めることで、隠す。  男は、しっかりと力強い腕で俺を支えながら、「馬鹿」と一言呟いた。 「こんな状態の汐音を放って、出て行けるわけねえだろ。つうか追い出さないでくれ」 「まだ行くところ……ねえのかよ……」 「それもある。けど、汐音」  さらっと、男が俺の髪を撫でる。  ちゅ、と俺の頭に、キスをひとつ落とす。 「汐音を愛してるから、ここにいたいんだよ……」  愛しげにつぶやかれた言葉が耳に入った瞬間、俺の目から涙が一粒落ちて、男の胸に消えていった……。

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