8 / 10
第8話
あれからまた一週間。
そろそろ血液を補充しないと、ヤバい。
男は相変わらずうちに居候していた。
なんかもう、いるのが当たり前になっちまって出て行けとも言えなくなってる。
この間、男がスープを作っていたので、具を避けて飲んだら、男が感極まって目に涙を浮かべて抱き付いてきたのが、結構笑えた。
最近では、作ったもん食ってやれなくてごめん、とか思い始めてる。
でも男も諦めたようで、俺にはスープ以外は作ることはなくなった。
セックスは、毎日してる。
あの身体の奥で感じる熱さは、何かが満たされた様な気がしたけれども、やっぱり腹は減るから、血液の代わりにはならないらしい。
でも、血を飲ませろ、なんて言ったら、きっと男だって逃げるよな。
あのにへらっと笑う顔が恐怖で歪んだところなんて、見たくねえ。
俺を見る瞳の中に、色んな感情がこもってるように見えるけど、あれが恐怖で染まったらと思うと、足元から頽れて行きそうな気がする。
やっぱり、男の血は、飲まねえ。
秘密は、ばらさねえ。
いつものように、女を物色。
捕まえた女を建物の影に連れていく。
犬歯を立てて、いざ、と血を舐めた瞬間、胃液が込み上げて来て、俺は女から身体を離した。
「う……ッ、ぅえ……、げほ」
耐えられなくて、そのまま吐いてしまう。
力なく道に横たわり恍惚とした表情の女を一瞥し、俺は際限なく込み上げてくるものを必死で我慢し、その場を離れた。
ダメだった。
今までは何とか飲めていたのに、もう、飲めない。
あいつの血の味を知ってしまったからか?
なんで、あの男の血だけは美味いんだ?
男なら、うまいのか?
そういう結論に達し、俺はふらつく身体に喝を入れ、今度は男を誘うために足を進めた。
結論から言うと、他の男の血は、女の血よりさらに酷かった。
匂いからしてダメだ。
舐める気にもならない位に。
でも気合を入れてひと舐めした瞬間、またしても胃液が逆流してくる。
もう、何も腹に入ってない。
無理やり自販機で買った飲み物を飲み干し、飢えを誤魔化す。
フラフラと家に帰り着き、安堵のために力が抜けた瞬間、伸びてきた男の腕に身体を支えられた。
「汐音!」
「あ……わり……ちょっと、調子、悪くて……」
「ちょっとどころじゃない顔色だ。今日こそはなんか食ってくれ。頼むから」
苦しげにそんなことを言う男に、思わず「血をくれ」と言いそうになり、弱った頭でさっきの思考をおもいだし、口を噤む。
「ちょっと寝れば、治るから……」
っていうのは嘘だけど。
このまま血液を採らないと、段々と衰弱していくだけだ。
そんなの、こいつに見せたくねえ、とか思っちまった。
なんかさ、俺、いかれてるかも。
それとも今、衰弱してきてるから、弱気になってんのかよ。
こいつ、成久に、ずっとそばにいて欲しい、とか思ってる。
キスして、誘って、その気にさせて、あの熱い奔流が欲しい。
満たされた様なあの気持ちを、いつでも味わいてえとか。いかれてる。
だからこそ、こんな姿、そして弱ってく俺なんて、見せたくねえし、俺が吸血鬼だなんてバレたくねえ。
「つうかいつまでここに居座ってんだよ……。少しの間って言いながらずるずると……。迷惑、なんだよ……」
男の腕の中で、しっかりと腕に縋り付きながら言うセリフじゃねえ。
自分でも思う。
「そろそろ、出てけよ……」
言いながら泣きそうになってる顔を、男の胸に顔を埋めることで、隠す。
男は、しっかりと力強い腕で俺を支えながら、「馬鹿」と一言呟いた。
「こんな状態の汐音を放って、出て行けるわけねえだろ。つうか追い出さないでくれ」
「まだ行くところ……ねえのかよ……」
「それもある。けど、汐音」
さらっと、男が俺の髪を撫でる。
ちゅ、と俺の頭に、キスをひとつ落とす。
「汐音を愛してるから、ここにいたいんだよ……」
愛しげにつぶやかれた言葉が耳に入った瞬間、俺の目から涙が一粒落ちて、男の胸に消えていった……。
ともだちにシェアしよう!