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第9話

 ベッドに転がった俺は、心配げに見下ろす男を視界から消すため、目を閉じた。  愛してるって。  そんな言葉一つで、何こっそり泣いてんの俺。  馬鹿みてえ。  でも。  俺も、アイシテル、のかも。  やたら嬉しかった。  セックスして、奥に熱い奔流を出されたときと同じくらい、胸が熱くなった。  馬鹿みたいに心臓がドキドキした。  でもきっと、その言葉を俺に囁いたこと、後悔するってわかってる。  血を飲もうとしてダメで、ひたすら吐いたことで体力を消耗したのか、いつもだったら腹減ってからも1日2日くらいはまだ活動できてる筈が、身体がひたすら重かった。  しかも血を飲めないって、俺もう終わりじゃん。  目を閉じても、視界がぐるぐるしてる気がする。  明日もう一回、血を飲みに行かねえと、マジで俺やばい。  でもあの味を思い出そうとするだけで、またしても胃がムカムカしてくる。  もう飲めそうもねえ。  なんで俺吸血鬼なんだよ、なんて、ここまで生きてきて初めて思った。  目の前に飲めそうな血はあるけど、一番飲みたくねえって思うからタチが悪い。 「何か欲しいモン、あるか?」  優しい響きの声で訊かれるけれど、俺は首を横に振った。 「頼むから、もう俺の前から、消えてくれよ……」  吐息と共に零す。  アイシテルから。そう心の中で付け足して。  でも、男の袖を握ってる俺の手が、離せない。  離そうと思っても、手がまるで自分の意志を持ってるかのように、動いてくれない。 「汐音」  呼び声とともに、男の手で目を塞がれる。  そしてそっと、唇が重ねられた。  じんわりと、伝わる熱。  そして……。 「ぁふ、美味い……っ、んん」  口にじんわりと沁み込む、男の血の味。  どうして、と目を開けても、男の手によって視界が塞がれてる。  思わずその味の元を舐めるように舌を動かす。 「もっと、欲しいのか……?」  唇を俺の好きにさせながら、男が笑い交じりの声で囁いてくる。  ああ、腹の中が、熱い……。 「ちょっと待ってろ」  しっかりと握られた俺の手をそっと外すと、男は俺の目を塞いだまま、何かごそごそと動いていた。  そして、小さな「……ってぇ……」という呻きと、硬質な何かが下にカランと落ちる音。 「何して……」  男の手を取ろうとすると、いきなり口に、熱い液体が流れ込んできた。  思わず本能のままに手を伸ばし、液体の元を引き寄せる。  男の腕だった。  ドクドクと脈打つ度、俺の口に血が流れ込んでくるのを、俺は必死で味わった。  すでに頭は、血の事しか考えられなかった。  熱い。  今までにない満腹感に、頭が冴えていく。  満足して手を緩め、口を離し、ハッとする。  俺、男の血、どんだけ飲んだんだ?!  目を覆われた手を退かすと、ベッドの傍ら、男がくたっと凭れていた。  俺が掴んでいた腕、手首のところは、かなり深く切られていた。  そこから、俺は……。 「てめえ! 何てことしやがるんだよ……っ! そんなんなるまで俺に血を飲ますとか……!」  思わず叫ぶと、男が力なくハハハと笑った。 「だってよ、汐音が唯一「うまい」って言ったの、俺の血を舐めた時だけだっただろ……。それ思い出して……もしかしたら、って……。血の匂いさせて帰ってきたりするしよ……」  なんでそれに気付いてんのに、俺に「愛してる」なんて言えるんだよ、この男は。 「全然飯食わねえしよ、もしかして、汐音、人間じゃねえのかな、なんてよ……あー、血が、足りねえ……」 「何でそれわかったのに出て行かねえんだよ! 馬鹿じゃねえの! 俺思わず思いっ切り飲んじまったじゃねえかよ! クソっ」  今まで飲んできた血の量なんか目じゃねえくらい、本能のままに啜ったから。  このままじゃこいつ、出血多量でヤバいのくらい、俺でもわかる。 「2度と、こんなことするんじゃねえ……っ!」  怒鳴り声が、男の姿を見るたび震える。  男はうっすらと目を開けて、くくく、と笑った。 「何、泣いてんだよ……」 「だっててめえが……死にそうだから……っ!」 「さっきまで汐音が死にそうだったのにな……でも、汐音が元気になったんなら……それでいい……」  そ、と男の目が閉じられる。 「よくねえよ! 俺だって、成久を……っ!」  俺は立ち上がって目元をぬぐうと、スマホに手を伸ばした。 「このまま、死なせるかよ……っ!」  ぎり……と奥歯を噛み締めつつ、俺は通話ボタンを押した。

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