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Brunch ‐1‐

自分の家なのに、違和感を覚えて目が覚めた。窓から差し込む光が高く、昼近い事を知る。 確かに昨夜は部下を引き連れ居酒屋で食事をしたから、酒も飲んだがたいした量ではない。休日も特別な事でもない限りは、あまり生活リズムを崩したくないのに、何故こんな時間まで眠りこけてしまったのだろう。 疑問を抱きながらベッドから起き上がり、驚く。同時に扉の向こう側、キッチンから物音が聞こえた。 特別な事が、昨夜はあった。 途中から記憶が曖昧な理由については深く考えない事にする。脱ぎ散らかしたままの部屋着を身に付けながら、下着だけはきちんと履いていた事に感謝した。 寝室から出ると葛城がキッチンで何かをしている。俺に気付いて、少し怒ったような表情で、おはようございますと言った。 「腹が減って起きたんですけど、本当にこのキッチンは飾りでしかない現実に打ちのめされました」 どうやら食事を用意しようとしてくれていたらしい。怒っているように見えるのは、たぶん手料理を振る舞いたかったのだろう。そう勝手に思って、自分のお花畑な考えに笑ってしまった。 「何を笑ってんですか」 「いや、可愛いな、と思って」 男の事を可愛いと思う日がやってくるとは思っていなかったが、これからは頻繁に思うようになるんだと思う。 何せ葛城は大人びて見えるが、数ヶ月前まで学生だった年若い青年だ。年齢差は五歳と大差なくても、社会人になりたての葛城と、六年目に入った俺との差はかなり大きい。可愛く見えないはずがない。まして、関係が変わった事で、きっと大人びて見えていた部分は背伸びをしているようにしか見えなくなって、より可愛く見えるようになるのだろう。 可愛い、なんて言われると思っていなかったらしく、怒っているように見えた表情に羞恥が混じる。誤魔化したいのか、勝手に冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを二つ取り出して、一つを俺に押し付けてソファへ勢い良く座った。 「昨夜はあんなにアンアン喘いでいた人に可愛いなんて言われたくねぇ」 「あ、あんあんなんて言ってないだろ!」 「言ってましたー。涙流しながら喘ぎまくってましたー」 ペットボトルの蓋を開け、半分ほど飲んでから葛城は嫌味ったらしい表情を向けてくる。 「こんな時間まで起きられないくらいに感じてたくせに」 昨夜見たものとはもちろん、今まで見てきたものとも少し違った初めて見る顔だ。仕事で睡眠不足になる時とは異なる疲労感が見て取れるのは、恐らく葛城も目覚めたばかりなのだろう。 昨夜の出来事を思い出しかけて、それを打ち消すために俺も同じようソファに座り、ミネラルウォーターを飲むと、思っていたより喉が渇いていて、葛城の言葉を否定出来なかった。……断じてアンアンなどとは言っていないが。 行為よりも途切れ途切れに零れ落ちたかのような言葉のせいだと思いたい。 俺の体のあちこちに触れながら『ノンケにゲイだと打ち明けて引かなかったのはあんただけだ』と言われたり『性欲の捌け口さえあれば、支障なんてない』と言われたり。 具体的な事は言わなかったが、葛城の言葉からは今までたくさん傷付いてきた事だけはわかった。その度に俺は葛城の髪に触れて頭を撫でた。 葛城も俺の言葉に優しい口付けを額や頬へ落としてくれた。 両親の気持ちは嬉しいし、不釣り合いだと、甘えだと自覚していても、与えられた今の快適な生活を失う事は考えたくない。不自由を感じていなくても、視界が霞む度に不安になる事。 触れ合う事でお互いに初めて隠していた本当の思いを言葉に出来た。少なくとも俺はとても救われた。特に視力に関しては今まで彼女に気付かれた事もなかったし、気を遣われるのも嫌で打ち明けても話題にする事はなかったから。 一番俺の心を揺さぶったのは『恋愛なんてただの思い込みだ』と言われた時の葛城の表情。ゲイである事を恥じていなくても、ゲイに恋愛なんてものは存在しないと思わせてしまった、俺には決して知る事の出来ない葛城の過去に酷く俺が傷付いた。 熱い吐息交じりに葛城を抱きしめて、俺との関係もただの思い込みなのかと尋ねてしまったのは、我儘以外の何物でもない。 葛城は苦笑して、抱きしめ返してくれた。 『同じ職場でノンケの、しかも気に入らない上司に、ただの思い込みでこんな事しねぇよ』 勘違いでも思い上がりでもなく、葛城の俺への想いが伝わってきて、この上なく嬉しくて、絶対に手放したくないと心底思った。 お互いに好きだなんて言葉は口にしなかったが、資料室で何度もしたキスとまったく違う唇の触れ合いは、その言葉そのものだった。 物理的な快感より、心が満たされていく快感に俺は夢中になっていたのだと思う。俺のそんな醜態に葛城は嬉しそうに笑った。 もっと葛城を笑わせたい。俺が出来る事などたかが知れているし、葛城の傷付けられた過去を消す事は出来ないけれど、笑わせる事くらいなら出来る。 これから先、共に歩いて行けるのなら。 もっと、もっと。 誰かを好きになる気持ちの尊さ。 恋愛の一喜一憂する楽しさ。 特別なたった一人を大切にしたいと思う愛しさを、俺が葛城に届けたい。

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