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Dessert ‐2‐

微かな寝息を立てて眠る姿を見るのはこれで二回目だな、と濡れた髪をバスタオルで拭きながら思う。この一ヶ月間の労働を考えたら、こうなる事はどんなに鈍い奴でもわかるだろう。 でもきっとこの人はわかっていなかったのかもしれない。ここに連れて来たのも、一人で家に帰らせるのが不安だったからで他意はない。……と言ったら嘘になるが、この人だけではなく俺自身も疲れ果てているから、過ぎった願望もほんの少しだけだ。 それだって、この人があんな風に俺へ触れてきたからで、俺のせいじゃない。だから、今この人がソファで眠っているのもこの人のせいじゃない。 平均値より細めの体を揺らしてみる。 「敦宏さん、寝るならベッドじゃないと」 うたた寝のような浅い眠りだったのか、曖昧な返事だけは返ってきたけれど、まだ目は閉じたままだ。この目が見ている世界を俺は知らない。 笑って話す姿の裏側に不安を感じてから、徐々に自分の気持ちが変化していった。 視界がぼやけ、時には歪む世界。 「……敦宏」 そっと呼びかけるとその目が薄く開いた。俺はどんな風に見えているのだろう。 「…か、つら…ぎ…」 苗字で呼ばれてドキッとした。何度か瞬きを繰り返し、じっと見つめられてから、ふわりとした笑顔になる。 「やっぱり年の差はデカイなぁ」 まだ完全に目覚めていないのがわかる舌足らずな喋り方が可愛く見えて、俺を可愛いと笑うこの人の気持ちがわかったような気がした。 起き上がり伸びをすると、普段よく見る表情に変わった。 「せっかく健人といるのに、寝たらもったいないよな」 それは間違いなくクリアな視界で、この人が、敦宏が、見えている世界に今、俺だけがいる。 皮肉を言われたのに、それさえ愛しく思えてしまった自分に思わず笑ってしまったら、また軽く小突かれた。 手を伸ばして頬に触れ、親指で瞼を撫でる。 「大丈夫だよ。ちゃんと見えてる」 頬に触れている手の平に唇が押し当てられた。 「やっぱり健人の手は温かいな。疲れていたはずなのに、ちゃんと見えてる」 それはあんたに触っているからだ、と今までなら言えたはずなのに何故か言葉が出て来ない。押し当てられた唇は、ちゅ、と音を立てて手の平のあちこちへ口付けてくる。 「……見えていないと嫌だと思ったのは初めてだよ」 困ったように浮かべられた笑顔が恥ずかしそうで、俺は堪らず寝室へと導いた。 言葉を交わす事もなく、抱きしめ合いながらキスを繰り返す。深く口付けては軽く触れて、また深く口付けて。何度も何度もキスをした。 その度に抱き合う体が密着していき、下肢の変化に揃って気付いて笑う。好きだと心から思うとキスをするだけでそうなるものなんだと一ヶ月前に知った。 足を絡ませてそこを擦り合わせると敦宏も同じように腰を動かしてくる。呼吸が浅くなって、やっと唇を離した。 どちらともなく服を脱ぎ捨てて再び抱き合い、下肢に手を伸ばす。勃ち上がりきったものを撫で上げてから扱くと敦宏がふっと息を詰めた。勃っている時点でわかりきっていても、反応されるのは嬉しい。刺激の強弱で俺を抱きしめる腕の力が変わるのも、吐息交じりの小さな喘ぎも、きっと俺以外誰も知らないはずだ。 俺のも触って、と言うと頭を振り、扱き続けていた俺の手を止める。 「こ、のままだと…イッちゃうから、ダメだ」 「……このままの方がお互いにキツイと思うんだけど」 すると敦宏は予想外な言葉を発した。 「ちゃんと、してきたから。大丈夫だから、ちゃんとしよう」 知識があるであろう事はわかっていたし、経験もあるかもしれないとも思っていたが、間違いなく相手は女だ。 確かにいずれは、と思ってはいた。だからその時自分がどちら側になるのかも、想像していた。俺は特別そこに拘りがないから、恐らく受け入れる側になるのだろう、と。 「ちゃんと、って…え?」 「だから、ちゃんと…準備、してあるから…」 「いやだから、その準備って…」 前回も繋がるために必要な物を揃え済みだった事に驚いたが、今度は一体どんな準備をしてきたと言う気なんだ。 「……たぶん、入る、から」 「は、い…る、って…あんた、それでいいの?」 ゲイでもないくせに。 簡単に受け入れる事なんて出来ないのに。 どうしてそこまでするんだ、この人は。 勃ち上がり、濡れたそこに触れたままだった俺の手を包み込んで自ら握りしめる。 「いろいろ考えてみたんだが…俺は健人に抱かれたいと思った」 緩く手を上下に動かしながら、とんでもない言葉を続けていく。 「知識はあっても…なか、な、か…すぐには、う、ま…く…いかない、な…」 快楽に溺れ始めて潤む目が、俺だけを見つめていて、敦宏の見えている世界に俺だけがたった一人。 「……俺に抱かれるために、自分で慣らしてた、って事…?」 返事は言葉ではなく、触れるだけの優しいキスだった。 睡眠時間を削り、休日出勤、連日徹夜で作業をして、家に帰れない日もあったのに、この人は俺のためにそんな事までやっていたという告白に、触れ合うだけでいいと思っていた俺はどこかへ消え去ってしまった。 滑る液体で自ら慣らしたらしい場所を撫で、充分に濡らしてから指を入れると、すんなりと飲み込まれていく。 「…本当に自分でやってたんだ」 「か、んたん、には…入らないだろ…」 両足を広げて胡座をかく俺に乗せる事で、腰が浮かんで弄りやすいそこを指先で撫でさすれば、痛みを訴える事なく繰り返した密会で見た表情と、荒くなる呼吸。 「俺の指、簡単に入ったけど?」 意地悪く言うと手が伸びてきて、弄っている俺の手を掴まれた。 「これ、じゃないだろ…」 「……あんた、どこまで俺を煽る気なんだよ」 半分以上、快楽に溺れている敦宏はいやらしく笑う。 「どこまでも」 きっと誰も知らない、俺にだけ向けられる顔で。 甘いデザートのように、俺たちは愛し合った。

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