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第2話
あれから、男はどういうわけか呪術師の家で弟子をしている。
「淫魔が一度目をつけた餌への執着は並大抵じゃねえのよ。諦めてしばらく俺のトコで耐性つけなさい」
と言われたのは二日後に男が目を覚ました時だった。
職場にも上司にも村長にもすでに通達は出されていて、男は狐につままれたような気持ちで今日も診察室の掃除をしている。
「まあ修行で淫魔耐性がつくまでの辛抱さね。給料もキチンと出すから励みな」
長煙管をくゆらせながら呪術師が言った。
呪術師の1日は割と平和である。
午前中に診察や相談があって、患者がいなければ長話のご老人達の話に付き合いながらチェスをする。
午後には新しい薬類や呪具を作り、合間に診察室隣に繋がってる雑貨屋の方に来る客の相手をした。
呪術師は魔法使いとも魔道士とも違う特殊な身分で、国家試験の取得も難しく、一般的に高給取りのはずだったが、この呪術師は年端の行かない子供にもニコニコしながら駄菓子を商っている。
もっとも男には呪術師と魔法使いの差もよくわからない。
村に呪術師が来ると判明したときは村中が「どんなセレブがくるだろう」と期待したものだったが、実際に来た呪術師はひょろ長い体格と、キレイだがどこか覇気の抜けた女顔の茶髪長髪、着ている物も木綿の上下に革のエプロンで村の八百屋と相違がない。
加えて飄々と掴みどころのない性格と聞き上手が功を奏し、今では村の長老たちのチェス仲間だ。
横柄なセレブが来るよりはまあいいか、と村の衆はすっかり受け入れており、
男もこんなことになる前は「変わりもんが来たなあ」くらいに他人事に思っていた。
まさそれが今や自分の先生で上司とは、人生分からないものだ。
「よっ、おっさん。修行は進んでる?」
呑気な声でキッチンに顔を出したのは呪術師の友人だった。
自ら光を発するような巻き毛の金髪に、碧眼の王子様顔で身長も高い。年齢は呪術師より幾つか上だ。
若い身の上で配送業と薬種問屋を経営していて、呪術師がこの村に来てから頻繁に診療所を訪れるようになった。
最初村の女達がキャアキャア言っていただけで特に気にもしなかったが、今、男はこの王子様が嫌いだった。
「なんだよ。用もないのに来るんじゃねえよ」
しっしっ、と洗い物で濡れた手で追い払うが王子は青い目を三日月のようにしてニンマリする。
「ふふ、相変わらず嫌われてるね僕。でもいいよ、そういう目、すごくイイ!ねえ、今度はアグラディアって呼びながら蔑んでくれない?僕の名前、おっさんに呼んでほしいな」
アグラディアの変態気質ももはや村中の知る所で、今ではすっかり「残念なイケメンその2」として定着している。その1は呪術師だ。
「いいから早く帰れよ。もう今日の配送終わったんだろ?」
「うふふふ、疎まれてるぅー。睨まれてるぅー」
アグラディアが身悶えしていると診察室から声がかかった。
「お、アグじゃねえか。仕事か?」
「師匠ぉー、聞いてよ聞いてよ。今日もおっさんが冷たいの!最高!」
スラッとした手足を優雅に動かして呪術師に飛びつくアグラディアを見て、男は舌打ちする。
アグラディアは呪術師との距離がやたら近い。人前ではばからず、呪術師にやたらとベタベタと抱きつくので男はアグラディアの事が気に入らないのだった。
「大体師匠ってのは何なんだよ。あんた別に先生の弟子でもなんでもないだろ」
「前は仙人みたいだからセンちゃんって呼んでたんだけど、嫌がられちゃったから師匠って呼んでるんだよ。ほら、雰囲気が師匠って感じしない?」
きゃっきゃと呪術師の首に腕を回すアグラディア。
呪術師がそれを振りほどきも、嫌がりもしない事も一層男を苛立たせる。
「いいから離れろ」
魔獣を睨む顔で恫喝するが、アグラディアは頬を染める。
「怖い顔……素敵!」
「ほれほれ、じゃれてねえでお茶を頼むぜ旦那」
「っ……はい先生」
「僕ココアね」
「うるせえ!」
応接室に茶を届けて、男はキッチンでため息をつく。
門外漢の男が聞いて良い話じゃないが、呪術師があの王子野郎と密室で話し込むといつもこうして胸が痛い。
二人が本当にただの友人なのかも不明で、聞く了見もないが、そわそわしてしまう。
男は呪術師のことが好きだ。
あれ以来、日常の端々で姿や気配を目で追ってしまう。一緒に暮らしているならなおさらだった。
呪術師は
「そりゃあ解呪のショックで気持ちが揺れてるだけだぜ。錯覚ってやつだ。焦らず時間が経つのを待つんだね」
と言って男の気持ちを受け入れてはくれなかった。
男も頭ではあの行為があくまでも治療でしか無い事は分かっている。だが、呪術師の低い声に鼓膜を揺らされる度に胸が熱くなり、泣きたくなってしまうのだ。
そして男はうなだれる。
思い返せばアレほど乱れた男が身も世もなく訴えても、呪術師は自身を男に突き立てようとはしなかった。接触は最低限で、最後まで冷静だった。
落ち着いて考えてみればこんな大柄な厳つい男が乱れても見苦しいだけだろう。
気分はどんどん落ち込んでゆく。
男はしょげながら、途中だった洗い物を済ませようとトボトボとキッチンへ向かうのだった。
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