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裁き
「來くん」
「はい……」
「嫌な事、悲しい事、全部。俺が忘れさせてあげるよ。だからもう、泣かないで」
間近で薊が、穏やかな声音で告げてから手元を移動させ、己の唇へと触れる。
泣いてない、という反論の余地は与えられず、視線は彼の優美な動きに釘付けとなる。
少しずつ口を開き、摘まんでいた錠剤を舌へ押し当てると、唇がうっすらと笑みを形作る。
艶めかしい唾液を帯びながら、緩く口を開けた青年が、ゆっくりと此の身へと近付く。
戸惑いはあれど、拒む事も躱す事も出来ないまま、薊との距離が引き寄せられるように狭まる。
そうして縫い付けられたように動けなくなり、やがて唇が重なり合っていく。
「ん……」
慈しむように頬を撫でられて、思わずうっとりした吐息が零れる。
無防備な唇へと、彼の舌と共に異物を押し込まれ、それはすでに崩れようとしている。
唾液と混ざり合い、徐々に喉へと押し流されながら、妙な心地が這い上がっていく。
ぴちゃ、と音を立てて舌が絡み付き、自然と鼻にかかった吐息が漏れてしまう。
なに……、なんで……、俺……、なに、やって……。
ぼんやりとした思考の波間で冷静に考えようとする自分が居ても、すぐに浚われてしまう。
薊とのキスが気持ちいい。離れたくない。もっとしていたい。
何故このような事になっているのか分からないのに、どうしてか拒絶出来ない。
遠慮がちに彷徨う手が彼の腕を捕らえ、頼りなげに擦り、しどけなく背へと触れていく。
「あ、ざみ、さ……、はぁ」
熱っぽく吐息が零れ、息も絶え絶えにいとしい青年を呼べば、再度口付けが降りかかる。
触れ合う場所に快楽が芽生え、次第に抗いがたい熱情を宿し、狂おしい程の欲望が花開く。
気付いた頃には錠剤が行方を眩まし、身体はどうしてか熱くなる一方で耐えがたい。
何が起こっているのか分からず、それでも気持ちいい事だけは理解していて、彼がもたらす快楽には不思議と不快感が湧かない。
寧ろ欲しがるように、救いを求めるように、背へと回す手に力が込められていく。
「可愛い、來くん。どこを触っても感じてる」
「あ……。なんで、俺……。変……」
「変じゃないよ。でも初めてだからかな、やっぱり耐性がないね」
くすりと笑われ、耳元で名を紡がれるだけで、どうしようもなく多幸感に襲われる。
鉛のように重たかった身体がいつしか軽く感じられ、いつの間にか痛みも遠のいている。
とにかく今は身体が熱くて、汗が噴き出して、酔っているかのようで、刺激を浴びる度に薄暗いはずの視界に目映いばかりの閃光が走って行く。
全てが性感帯で、好意を抱く青年に触れられればより一層感じ入り、甘美な熱情を宿されてとうに身体は歯止めがきかない。
「來くん、嬉しい。気に入ってくれたんだ」
「え……?」
「ここ、こんなにしてる」
「あ……、ちが。これは……」
「何が違うの? 遠慮しなくていいんだよ。此処には俺しかいないんだから」
「でも……、あ。そこは……、薊さん」
「ダメ? 俺には触らせたくない?」
「それは……」
「來くん。俺を受け入れて」
「ん……、う」
指先がうなじを辿り、首筋へと触れて、吐息混じりの囁きが鼓膜を妖しく擽る。
それだけでたまらなくて、どうにかなりそうで、自分でも止められそうにない甘やかな声がだらしない唇から零れていく。
もう一方の手は下腹部を辿り、仄かな興奮を抱えている事を突き止められて恥ずかしくなるも、尊い青年に触れられて昂ぶりが増していくのを感じる。
こんなのはおかしい、こんなはずじゃなかった。
遠のく理性の狭間で呟いても無意味に響き、彼の前ではもう、全ての葛藤がどうでも良くなっていく。
「薊さん……」
「なあに」
「さっきの……、なんですか……。俺……、おかしい」
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