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裁き

自分ではまともに喋っているつもりでも、唇からは舌っ足らずな言葉が溢れていく。 「これはね、皆が幸せになれる物なんだ」 「し、あわせ……?」 「そう、幸せ。來くん、今の気分はどう? 苦しくはないよね」 頬を撫でられると、触れた先から恍惚とした刺激が迸り、思わず目蓋を下ろしてしまう。 過ぎた快感に歯を食い縛り、情けない声が漏れてしまわぬように堪えるも、薊の指先は容赦なく衣服の上から身体を滑り落ちていく。 止めなければいけない気がするのに、どうしてか蕩けた視線は悦んで傍観を決め込み、やがてその手は下腹部へと到達する。 「あ、ざみさ……、ダメです」 「ダメなの? こんなにしちゃってるのに」 無遠慮な手に揉まれるも、身体は拒むどころかねだるように熱情を加速させ、生地の上から触れられる焦れったさに欲望が疼いていく。 こんなのは自分じゃない、と頭の片隅で必死に叫んでも誰にも届かず、愚かな快楽に容易く堕ちてしまう。 悦楽は何もかも浚い、痛みも苦しみも悲しみも全てを喰らい尽くし、継ぎ接ぎだらけの幸福のみを傍らに置いていく。 辛い現実が音を立てて崩れ、何ともないはずなのに何故か涙が零れていく。 「薊さん……」 「來くん、泣いているの?」 「泣いてない……。泣いてなんかない」 「かわいそうに。すぐにそんな気持ち忘れさせてあげるからね。楽にして」 「い、やだ……。これはいやだ……。俺、俺じゃなくなる……。あっ」 「いいんだよ、それで。だって現実は辛いんだもの。いつだって周りは君を傷付け、希望を奪っていく。俺は味方だよ。君はいとおしい。もっと俺に君の全てを見せて」 「う、あぁっ……。それ、触るのやだ……」 いつの間にか前を寛げ、直に自身を扱かれている事に気付くも、為す術もなく快楽へと翻弄される。 次から次へと白濁が溢れ、我慢出来ずに伝い落ちては下腹部を濡らし、恥ずかしくて仕方がないのに多幸感が勝っていく。 気持ちいい、全部気持ちいい、もっとしてほしい。 いつしか頭の中は淫らな思考で溢れ、それまで自分が何を考えていたのかも分からなくなり、目の前の快感を追うように白濁を溢れさせる。 「來くん、お兄さんを連れてきてよ。君を苦しめる存在に裁きを下そう」 「あっ、はぁ……、うっ」 「約束、覚えてるよね」 約束、一体何を交わしただろうか。 間もなく達するというところで根元を強く握られ、狂おしい程の快感を阻害されて動揺する。 「あざみさん、も……、あにきがいいの? 俺じゃ、やなの……?」 感情を制御出来ず、そんな事を言いたいわけではないのに言葉が溢れ、昂ぶりが涙となって頬を伝っていく。 彼の手が拭っても、また滴がポロポロと伝い落ち、一度堰を切ってしまえばなかなか止める事は難しい。 「辛かったんだね。もう泣かなくていいんだよ」 「う、あ……、やだ、それもう……」 優しく頭を撫でられると、どうしてか幼い頃の面影が頭を過る。 俺は本当にアイツが憎いのか、邪魔なのか、消したいのかと、自分の本心が分からなくなる。 甘ったるく思考が蕩け、自身から堪えきれずに噴き出す欲望と共に、己を苦しませる何もかもがくだらない事のように思えていく。 今は何も考えず、狂おしい程の享楽に身を投じて、最早何の涙か分からぬような感情を零しながら麗しい青年の手中に堕ちる。 それはあまりに心地好く、脱する術を探す事すら躊躇う程に名残惜しい、安寧の時間であった。 「君は皆のところに帰るんだ。そうしてまた、戻っておいで。俺のところに。出来るね……? 來」 耳元で囁かれ、熱情に浚われた思考ではもう何も考えられなかったが、それでも応えるように弱々しく頷く。 それを見た薊は満足そうに微笑み、髪を撫でながら近付いて額へと口付けを落とす。 触れた先からまた電流が流れるような刺激が迸り、一瞬で快楽へすり替えられて身体中に染み入り、自身にいやらしい感情が集中する。 自分ではもう止められない、この先どうしたらいいのか分からない、彼に縋る以外に道はない。 そうだ、彼が居るから大丈夫なのだ。 頭の片隅から聞こえた囁きが、やがて大きな一声となり、それが当たり前であるかのように思考を支配する。 憂いも悲しみも不安も、きっと彼が取り除いてくれる。 それはあまりにも魅力的で、甘美で、堕落した一筋の希望であり、その糸は途中で引きちぎれる事を今はまだ知る由もなかった。

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