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血と洗礼 1

暗鬱とした雲が、夜空を覆っている。 傍らを見遣ると、真宮が居心地悪そうに煙草を吸っており、紫煙がしどけなく風に流れていく。 「真宮ちゃんさァ、それもう何本目? 控えないと身体悪くするよ」 ふ、と揶揄するように微笑むと、途端に鋭い目付きで睨まれる。 「余計なお世話なんだよ。テメエの事だけ気にしてろ」 「こわ~い、せっかく心配してあげたのに。真宮ちゃんのいじわる」 「心配だと? ハッ、よく言うぜ。これっぽっちも思ってねえくせに」 「そんなの分かんねえじゃん。意外にコレでも、俺は真宮ちゃんの事を気にしてるんだよ? なかなか伝わってねえみてえだけど」 肩を竦めるも、彼は信じられないとでも言いたげに眉根を寄せ、再び視線を逸らされる。 目の前には、何の変哲も無いホテルが聳えていて、これから中へと入ろうとしている。 「どうせならこんなお仕事じゃなくて、プライベートで真宮ちゃんとホテルに行きたかったなァ。ねえ、そう思わない?」 「つまんねえ事言ってんじゃねえよ」 「真宮ちゃんてさァ、ラブホ行った事ある? あ、もちろん男の子とだよ?」 性懲りも無く楽しげに言葉を紡げば、案の定鋭い眼光が此の身を捉えていく。 「そんなに睨まなくてもいいじゃん。ただの世間話だろ?」 「ならもっとマシな話題を振るんだな」 「行った事ねえの? 男の子。ちなみに俺はあるよ。俺がどっちだったか気になる?」 意地悪く微笑むも、彼は眉間に皺を寄せながら紫煙を吐き出すばかりで、問いには答えずに佇んでいる。 相変わらず警戒されており、それは無理も無い話なのだが、こうもあからさまだと可笑しくて引っ掻き回したくなる。 「お前、どう思ってんだ」 一定の距離を空けて佇んでいると、暫く黙っていた真宮が重苦しく口を開く。 「何? 何の話」 「とぼけんじゃねえよ。手ェ組むなんて事、お前には有り得ねえだろ」 「え~、それってどういうこと? 俺めちゃくちゃヒドい奴みたいじゃん」 子供っぽく唇を尖らせて拗ねれば、彼は不機嫌そうに舌打ちをする。 端正な顔立ちを不満げに歪め、容赦なく射貫く眼光が心地好く此の身を貫いている。 何度痛めつけても、奪っても、彼が心の底から屈しないのはどうしてだろうか。 どこにそんな力があるのだろうか。 「困ってる人がいたら放っておけないじゃん。真宮ちゃんだって分かるだろう?」 「お前から出た言葉じゃなければ、素直に頷けるんだけどな」 「摩峰子さん、困ってるからさ。俺も何かとお世話になってるし、力になってあげたいじゃん?」 そう言って微笑むと、彼は考え込むように腕を組み、偽りなき言葉であろうかと探ろうとしている。 見たところで、どうせ分かりはしないのに。 しかしこれ以上彼の機嫌を損ねても面倒なので、一旦話をすり替えることにした。 「真宮ちゃんさァ、見慣れないお兄さん連れてたね」 「だったらなんだ。言っておくが、アイツに手ェ出そうとしたところで返り討ちにされるぞ」 「ハハッ、確かに。見た目はか弱そうなのに、意外に凶暴でびっくりしちゃった」 クラブでの手合わせを思い返し、案外楽しめた事に満足する。 彼が何者かに然して興味はないが、今回の件に根深く絡んでいる事は確かであり、彼が全てを解決する鍵になるのかもしれない。 「それにしても、早く着き過ぎちゃったよねえ。何処かでお茶でも飲んでれば良かった」 「悪い冗談はよせ」 「え~。金払ってでも俺と過ごしたい奴はゴロゴロいるのに、真宮ちゃんてば勿体ない事するなァ」 「悪い夢でも見てるんだろうな、そいつらは。目の前に居たら殴って目ェ覚まさせてやるんだけどな」 「物騒だなァ。でもそういうところ、嫌いじゃないよ」 甘ったるく微笑むも、彼は相変わらず不愉快そうに眉を顰め、何本目かの煙草を靴裏で揉み消している。  

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