322 / 347
血と洗礼 2
「皆どうしてるかな? あれから連絡も取ってないし」
彼を見つめ、動向を探りながら言葉を紡げば、程なくして不機嫌な眼差しと視線が交わる。
「お前が他人を気にするのか?」
「酷いなァ、真宮ちゃんは。何でいちいち突っかかってくんの? 俺そんなに冷酷に見える?」
「心なんて邪魔なだけなんだろ? お前には。つまらねえ演技はやめろ」
時おり夜風が、互いを隔てるように通り過ぎ、振り返りもせず事も無げに去って行く。
「それ、もしかして俺が前に言ったやつ? 真宮ちゃん、覚えててくれたんだ。嬉しいね」
以前、彼から投げ掛けられた問いへの回答を、どうやら健気にも覚えているらしい。
「お前の言葉はいちいち癪に障る。手の平で踊らせてるつもりか? いい気になるなよ」
「残念。俺はもっと真宮ちゃんと仲良くなりたいだけなんだけど」
肩を竦めながら見つめると、彼はまた不機嫌そうに顔を背けてしまう。
控え目に風が流れる度、鮮やかな櫨 色の髪がしとやかに揺れ、端正な横顔を彩っていく。
今は眉間に皺を寄せ、不満げな表情を浮かべている為に近寄り難い空気が取り巻いている。
それでも不思議と、彼に視線を奪われる者は多く、当人は果たして気付いているのだろうか。彼は強く、雄々しくて気高いが、何者をも跳ね返す力がありながら何処か隙がある。
だからこそ青年には自然と人が集まり、慕い、親しむのだろうか。
つまらない考えを過らせ、掻き消すように唇をつり上げると、彼のご機嫌取りに取り掛かる。
「そんなに怒んないでよ。今は形だけでも協力したほうが得策じゃん? それは真宮ちゃんだって分かってるだろ?」
「……ああ」
窺うように落ち着いた声音を投げ掛ければ、渋々ながらも素直な回答が乗せられる。
「誰の事が心配? ナキツ? 有仁? それとも、あの綺麗なお兄さん?」
「……ナキツと芦谷は、一緒に居るから大丈夫だろ」
「それなら有仁君? エンジュと一緒だっけ。アイツそんなにめんどくさくねえから大丈夫だよ?」
「お前と居るよりはいいだろうけどな」
「それは否定しねえけど。今頃きっと、どっかでのんびり何か食ってんじゃねえの? 有仁君は振り回されて疲れてるかもしんねえけど。真宮ちゃんにも覚えがあるんじゃない?」
エンジュと気付かずに一時を過ごした過去を指摘すれば、彼は考え込むように腕組みする。
「本当に気付かなかったの? エンジュって」
「聞いてただろ。一度も会った事ねえんだから、分かるわけねえだろ」
「拗ねなくてもいいのに。アイツ気のいい奴だろ? 珍しいくらいに」
「そうだな、お前らと連んでるのが不思議なくらいだ」
「え~、それは妬いちゃう。真宮ちゃん、ああいうのがタイプなわけ? アイツ食費掛かるよ?」
「何の話だよ。まあ、よく食う奴だとは思ったけど」
呆れたような表情を浮かべるも、どうやら彼の中では、エンジュとの一時は嫌なものではなかったらしい。
「またご飯食べに行ってもいいかなって顔してる。もうダメだよ?」
「行かねえし、そもそも何でお前にンな事言われなきゃなんねえんだよ」
「何でって、真宮ちゃんは俺のモノだし」
「お前のモノになった覚えはねえ。調子に乗るな」
「あ、また怒らせちゃった」
軽口を叩けば、また眉根を寄せて怒りを募らせたようであり、真宮の視線が突き刺さる。
それを意に介さず笑えば、ますます機嫌を損ねた彼が口を噤み、一方的に険悪な空気が立ち込めている。
「そんなに怒んないでよ。て、何回言えばいいわけ?」
「お前の態度を改めろ」
「え~、それは無理」
「ならもう話しかけんな」
「え~、それも無理」
「お前な!」
「真宮ちゃんも律儀に返してくれてるじゃん。無理でしょ、絶対」
楽しそうに指し示すと、真宮は苛立ちを落ち着かせるように盛大な溜め息を吐いていく。
ともだちにシェアしよう!