324 / 342
血と洗礼 4
キラキラと目を輝かせた雛姫が、感激した様子で真宮を見上げている。
当人といえば、出会ってからずっと振り回されているらしく、雛姫の自由奔放な振る舞いになかなか手を焼いているようだ。
「ねえ、終わったら三人でご飯でも食べに行こうよ!」
「三人!? て、アイツもか……?」
「うん! 何か問題ある?」
「いや、別に……」
「今日のお礼もしたいしさ! それにせっかく知り合えたんだからもっと話したいし~!」
三人、という言葉に真宮が視線を寄越すも、雛姫の前では控え目に取り繕う。
勝手に数に入れられて迷惑だが、黙っていれば何か面白いものが見られるだろうか。
視線を向ければ、先程よりは幾分落ち着いたらしい彼が、雛姫と言葉を交わしている。
時おり視線を感じるも、徐々に近付いてきた建物を眺め、意にも介さずに彼等の会話を耳に入れていく。
「随分余裕なんだな……」
「え~? だって僕にとっては、こんなの日常の延長だし。金払ってもらってるからには、ちゃんと仕事はするけどね!」
「そうか……」
「でも今日はいつもと違うよね! 普段は君たちみたいなイイ男付かないもん!」
嬉しそうに笑いかけられて、遠慮がちに笑みを返す彼が映り込む。
何か言いたそうな顔をしているが、告げられないまま歩を進め、雛姫を気遣いながら言葉を選んでいる。
大方、何故こんな事をしているのか、とでも聞きたくなったのだろう。
聞いたところで、真意を告げられたところで、どうせその手では何も出来やしないのに。
それでも彼は首を突っ込みたがることを、僅かばかりの付き合いで嫌でも承知していた。
「君は、何でこの仕事を?」
「え! 気になる~!?」
「うん、彼も気にしてるみたい」
言葉を投げ掛ければ、ハッとした表情で視線を向けられ、何か言いたそうに唇を開くも紡がれる台詞は無かった。
「ま、そんな大それた理由はないんだけどね。毒親から逃げて、転々としてる時に摩峰子姉に拾ってもらったってだけ。まあ僕、元々男の子好きだし~! 今の生活は気に入ってるよ!」
何でも無い事のように明るく振る舞う彼に、真宮はどことなく切なげな表情を浮かべる。
また性懲りも無く他者に同情し、自分の事のように痛みを負う姿に、腹の底で形容しがたい感情がどす黒く燻っていく。
苛立ちか、諦念か、失望か、だがどれを当てはめてもしっくりとくる答えは見つからない。
「ごめんね。嫌なこと思い出させた」
「え~! 気にしないでよ! もう昔の事だし! 今は楽しくやってるよ!」
両者の腕を引き寄せた雛姫が、朗らかに笑いながらホテルの扉を潜っていく。
「あ、ちょっと僕話あるからさ。テキトーに待っててくれる?」
ロビーに入ったところでアッサリ離れると、雛姫が手を上げてから小走りに受付へと近付いていく。
「ご感想は?」
雛姫の後ろ姿を見送り、真宮と肩を並べて佇みながら、それとなく彼へと声を掛ける。
「何の事だ」
「アイツの過去が気になったんだろ? 言いたそうな顔してたから、代わりに聞いてやったんじゃん」
「誰も頼んでねえ」
「でも、気になったんだろ? それで? どうだった? まあ嘘かもしれないけど」
傍らを見つめ、複雑な表情を浮かべている真宮へ問えば、彼は暫しの時を考え込む。
「アイツが嘘を言ってるようには見えなかった」
「相変わらずお優しいことで。マジでお前、何でもかんでも信用し過ぎな」
「お前の言う事は信用しねえけどな」
「アレ~? 俺の言葉ほど信用に値するもんもねえと思うけど?」
「言ってろ、バカが。足引っ張るんじゃねえぞ」
「それはこっちの台詞なんだけど。真宮ちゃんてば、すぐ絆されちゃうから。アイツに喰われたら承知しないよ?」
雛姫の様子を窺いながら軽口を叩けば、傍らから鋭く睨まれるのを感じる。
ともだちにシェアしよう!