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血と洗礼 5
「また怒っちゃった?」
小首を傾げながら笑みを浮かべれば、苛立ちを隠しもせずに視線を逸らされる。
「許してよ、真宮ちゃんの事が心配なだけだって」
「どの口がほざいてんだ、この大嘘つきが」
顔を覗き込み、軽口を叩けば嫌そうに眉を顰められ、棘のある台詞を紡がれる。
しかし、全く堪えていない様子を見て深く溜め息を零すと、気持ちを切り替えるように辺りへ視線を向けていく。
「それにしても、こんなところで……?」
「客取ってんのかって? 確かに、こんなところじゃ高く付きそうだよね」
彼に倣って見回すと、辺りにはスーツを纏う男性客が目立ち、一目で上質な装いと分かる。
夜とはいえ、出入りは非常に多く、先程から引っ切りなしに周囲を人が行き交っている。
煌びやかな佇まいの女性を見掛け、時間帯のせいだろうか子供の姿はまるでない。
「こんなところでやらしい事してるなんて意外?」
「お前な……」
「寧ろ燃えるんじゃねえの? そういうのがさ。背徳感ってやつ?」
含むように笑えば、彼は理解出来ないと言いたげに困惑を深める。
「そう考えると……。彼、結構お高いんじゃない?」
「高いって……、いくらだよ」
「そんなの俺が知るわけねえじゃん。高嶺の花かもしれないし、今のうちに握手くらいしてもらえば?」
揶揄するように手を振れば、雛姫を見つめながら真宮が不満そうに立ち尽くす。
他愛ない会話を続けていると、ようやく事を終えたらしい雛姫が振り返り、弾けるような笑顔で駆け寄ってくる。
「お待たせ~! 行こっか、二人とも!」
慣れた様子で足を踏み出す雛姫に、真宮が後に続いて、それを見計らって肩を並べて再び歩き出す。
どうやらエレベーターを目指しているらしく、周囲へと注意を向けながらも、不自然にならない程度に彼等と行動を共にする。
「いつも此処なのか?」
気を遣ってか、はたまた沈黙に耐えかねてか、道中で真宮が口を開くと、雛姫が明るい笑顔を向ける。
「ん~、大体はね。リクエストがある時は、僕から出向く事もあるよ! その分ちょっとお高く付いちゃうけどね」
「そう、なのか」
「なになに? 興味ある? 君ならいつでも大歓迎だよ~!」
「いや、俺は別にそういうつもりじゃなくてだな……」
嬉しそうに雛姫が腕を絡めると、真宮が困った様子で言葉を選ぶ。
「他の子達も、此処で?」
「うん、そう。7階。専用で使わせてもらってるんだよね」
「へぇ、随分と羽振りがいいね。何かつてがあるとか?」
「だって此処、許枝さんとこのホテルだし」
「許枝……?」
聞き慣れない名に眉を顰めると、反対側で真宮が驚いた表情を浮かべ、次いで分かりやすく嫌そうな顔をする。
「マジかよ……。此処アイツんとこか」
「アレ? 知り合い?」
「知り合いって程でもねえけど、まあ……、何度か話した事がある程度だな」
「へ~! すごいじゃん! どんな人? 僕話した事なくて」
「どんなって……、めんどくせえ奴。出来れば関わりたくねえ奴」
「え~、ホントに!?」
何よりも表情が物語っており、偽りなく彼にとっては面倒な相手なのだろう。
しかし真宮が、裏の世界に通ずる者と繋がりがある事が意外で、言葉を交わしたのも一度や二度ではないのだろう。
名前くらいは聞き及んでいたが、特にこれまで接点もなく、然程興味も無かった。
だが雛姫は、摩峰子に仕えているも同然であり、そしてこの場所が提供されている。
「アイツ……、まだ色々持ってんな」
摩峰子を思い浮かべながらうっすらと笑みを湛え、利用価値の高さを改めて認識する。
「つか、アイツんとこなら警備もやってもらえばいいんじゃねえの? よっぽど怖ェだろ。アイツんとこのが」
「う~ん、それは出来ればしたくないみたいなんだよねえ。借りは作りたくないってよく言ってるし」
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