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血と洗礼 9
相変わらず不機嫌な真宮が、額に手を添えながら気持ちを静めるかのように溜め息を吐く。
整然と立ち並ぶ自動販売機からは煌々とした光が漏れ、ぼんやりと辺りを照らしている。
会話が途切れると、静寂が降り注いだ一帯へと時折唸るように響く機械音が耳に残る。
視線の先では、腰に手を当てた真宮が佇み、横顔からは複雑な感情が窺える。
「何で黙っちゃうの? もっとお話してよ」
「お前とは話したくない」
「何でそんな寂しい事言うわけ? さっきまで仲良く話してたじゃん」
「お前と話してたわけじゃねえからな」
「妬けちゃうなァ。真宮ちゃんて、ああいう子も好きなんだ」
棘を孕んだ物言いに、鋭い眼孔を即座に向けられるも、強かな笑みを青年に投げ掛ける。
暫く視線が交わるも、やってられないとばかりに彼が離脱し、耳へと徐に手を添える。
「物音までよく聞こえる……」
「なァんかいけない事してる気分だね」
「いけない事してんだよ……」
「聞かれてるってどういう気分だろ」
「そりゃ、いい気持ちしねえだろ」
「そうかなァ。意外と盛り上がっちゃったりするかもよ? 真宮ちゃん、好きそうだよね」
「あ?」
「そういう特殊な環境って、ちょっと興奮しない?」
「知るかよ。お前と一緒にすんな」
「え~、分かるだろ? 嘘つき」
白々しく頬を膨らませるも、彼は取り合わぬように視線を逸らし、傍受に集中していく。
耳を傾ければ、なかなか事に及ばない部屋の様子が窺え、雛姫の明るい声がよく聞こえる。
対照的に相手の声は、ぼそぼそとこもってはっきりと聞こえず、陰鬱な雰囲気を帯びている。
「コイツ超暗い。どんな顔してんのかなァ? 真宮ちゃん、見てきてよ」
「お前な……、黙って聞いてらんねえのかよ」
「ムリ~、つまんねえもん」
「ガキか……。お前が話しかけるから集中できねえだろ」
「え~、集中してんの? そんなに聞きてえんだァ、何だかんだ言って真宮ちゃんのえっち」
「お前な!」
「はいはい、すみません。大人しく盗聴しま~す」
「ハァ……、面白がってんじゃねえよ。この野郎」
ひらりと手を振れば、心底呆れた様子の真宮が溜め息を吐き、面白い光景が広がっている。
「アイツにつけた理由は?」
「さっき言ってただろ。釣れてるって」
「あの客が持ってるって事か?」
「さあね。でも前科あるらしいし、わざわざ雛姫のほうから引っ張ったって話だし、今日も持ってきてんじゃねえの?」
「そんな上手くいくのか?」
「一利用客がさァ、売上上位で大人気な子からわざわざお声が掛かったら、舞い上がっちゃうんじゃねえのかなァ。どうやって言い含めたかは知らねえけど、実際ホイホイ来てるわけだし」
「そういうもんなのか……?」
釈然としない様子で、独り言を漏らしながら真宮が難しい顔をしている。
「そんな奴と二人っきりって危ねえだろ!」
「だから駆り出されてるんじゃん、真宮ちゃんが」
「あ……、いやお前!」
「真宮ちゃん一人で十分だって。鍵持ってるのも真宮ちゃんだし、真宮ちゃんが行けば万事解決」
「なに関係ねえって顔してんだよ……。元はといえばお前んとこの問題だろうが……」
「そうとは言い切れねえんじゃねえの~? あの綺麗なお兄さんの身内だって関わってんだから」
芦谷、と呼ばれていた青年を思い描けば、真宮が複雑な心境を表情に浮かべる。
腕組みをして、考え込むように眉間に皺を刻み、仲間の安否でも気遣っているのだろうか。
「何考えてる?」
「お前には関係ねえよ」
「教えてよ。仲間なんだから」
「気安く仲間なんて呼ぶんじゃねえ。お前となんて有り得ねえんだよ」
「そっか。そうだよね。俺と真宮ちゃんは、もっと深いところで繋がってるから」
「気持ち悪ィ言い方すんな」
「事実だろ? 誰にも言えない秘密、沢山共有してるもんな」
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