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血と洗礼 10

一歩を踏み出すと、目前の青年からはより一層の警戒感が滲み、鋭い眼光を向けられる。 「それ以上近付くな」 「どうして? 悲しい事言うなァ。俺の事が嫌いになった?」 微笑みかければ、何度も言わせるなとでも言いたげな真宮が、厳しい表情を浮かべている。 「アイツにはベタベタ触らせてたくせに、俺はダメなわけ? ショックで泣いちゃうかも」 「心にもねえこと言ってんじゃねえよ。答えなんて分かりきってんだろ」 目尻に指を添えて泣く素振りを見せれば、彼は苛立つように吐き捨てる。 「そんなに怯えないでよ。ホントお前ってかわいい。いつまでも迂闊で、救いようのねえ奴」 「テメエにだけは言われたくねえよ。万能気取った勘違い野郎が」 一歩も引かず、不穏な空気が流れていく中で、それでも両者の耳には室内の物音が入り込む。 『れ、連絡が来た時はビックリしたよ。君って、いつもトップ争いするくらい人気者なんだろ』 暗鬱とした声が聞こえ、目前では相変わらず警戒を強めながらも、客の言葉に耳を傾ける真宮の姿が映り込む。 『そんな事ないよ~! 今日はありがと! 来てくれて嬉しい!』 『こういう事は……、俺以外にもしてるの……?』 『ううん、君が初めてだよ。君に会ってみたかったの。すごく気持ち良くしてくれるって聞いたから』 猫撫で声で囁く雛姫に、いつしか彼等の会話へと集中して、険悪な空気が幾分か和らぐ。 『俺は……、入れられるのはごめんだよ』 『分かってる。君の好きにしていいんだよ。でも、店には内緒にしてよね。これでも僕、タチ専を売りにしてるんだからさ! 怒られちゃうよ~!』 相手に特別感を募らせ、優越感へと浸らせながら、雛姫は巧みに手の平で踊らせていく。 『ねえ、それで……。今日はどうやって僕と遊んでくれるの?』 視線を向ければ、会話へと集中する真宮が映り、間もなくしてガサガサと荷物を漁るような雑音が鼓膜へと滑り込む。 「へえ、案外早く片付きそうじゃん。良かったね、真宮ちゃん」 言葉を掛けるも返答はなく、彼といえば相変わらず会話に集中し、機会を窺っているようにも見える。 『ん? これは何? 黒い紙に包まれてて、何か薬みたい』 『これがそうさ。雛姫ちゃんも、これが目当てで俺を求めたんだろう?』 『そうだね……。これがとびきり気持ち良くなれるっていうやつなんだ……』 自然と目が合い、今にも飛び出そうとする真宮を制すると、室内での会話に再び耳を傾ける。 「おい、もういいだろ。とっとと奴をとっ捕まえて……」 「まあまあ、会話が弾んでるみたいだし」 「何を悠長な……」 黒い紙、だけでは十分とは言えないが、件の相手を狙い撃ちして釣り上げた事を考えれば、答えなどとうに出ている。 耳を澄ませば、雛姫が入手経路を気に掛けており、街で知らない男に声を掛けられたと聞こえてくる。 「もう少し具体的に話してくれないと。ねえ、真宮ちゃん?」 「本人に問い質すしかなさそうだな……」 気安く声を掛ければ、渋々ながらも真宮が言葉を紡ぎ、一室での出来事に聞き耳を立てる。 やがて、和やかな会話から徐々に不穏な空気が漂い、雛姫が時間を稼ごうとする気配が窺える。 『これってさ、ちょっとやばい感じのやつ? 使って大丈夫なの?』 『さあ……、よく分からないけど気持ち良くなれるのは確かだよ』 『マジ……?』 『さあ……、時間がもったいないから早く始めよう。雛姫ちゃんだって早く試してみたいだろう?』 『う、う~ん。まずは普通に遊んでからにしない?』 『ほら、口を開けて。すぐに溶けちゃうからね。そしたらどんどん気持ち良くなるよ』 抵抗を試みる雛姫に、男は急かすように押し迫り、今にも無理矢理異物を含ませそうな緊迫感を湛えていく。 そろそろ頃合いか、と顔を上げた時には真宮が踵を返しており、此方の言葉など聞く耳もなく彼は瞬時に目標を定めて駆け出していく。

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