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血と洗礼 12
「な、なんなんだよ! 俺が何したっていうんだ!」
地べたで無様に転がった男が、突如として現れた脅威へとなけなしの虚勢を張る。
「アレ~? 自分が一番よく分かってんじゃねえの?」
「な、何の事だ! もしかして始めから仕組んでたのか!? お、お前らタダで済むと思うなよ!」
「何の事でしょう……? 俺はただ、悪い奴を捕まえに来ただけだよ? 嫌々ね」
衣服が汚れる事にも構わず、男の胸元を容赦なく踏み付けながら、純粋に楽しんでいるかのような意地の悪い笑みを浮かべる。
先程から降り出した雨が、ポツリと大きな滴となって路面を濡らし、徐々に辺りへと広がっていく。
最悪のタイミングだ、と胸中で毒づくも、雨粒は少しずつ其の身を侵す。
せめて手短に済ませるべく男を追い込むも、渦中の人物は身の程知らずにも往生際悪く喚き散らしている。
「離せ! どけ! どけよ! 誰か助けて!」
「へ~、大きな声出せるんじゃん。さっきまであんなにボソボソ喋ってたのにさァ」
「なっ、なにを」
「アイツに緊張してたの? そんなにお前の好み? なァ……、俺も結構悪くねえと思うんだけど」
微笑を浮かべ、相変わらず踏み付けながらもしゃがみ込み、彼からよく見えるように顔を近付ける。
すると視認した男がハッとしたような表情を浮かべ、こんな状況であるにもかかわらず視線を奪われた事が見て取れる。
「どう? お兄さん。ドキドキした?」
「そんなわけないだろ! ふざけるな!」
「ホントかなァ。俺に興味ない……?」
弄ぶように人差し指で顎を滑らせると、大袈裟に身体を震わせながら男が顔を背ける。
「マジ? 感じちゃった?」
「ちがっ! い、いい加減にしろ!」
「そんなに怒んないでよ。緊張してるお兄さんの事、リラックスさせてあげようとしてるんじゃん」
「何が目的なんだっ……」
「言われなきゃ分かんねえ? どうしたら素直に答えてくれる?」
面白がって襟に指を掛ければ、男が抵抗を試みようとするので、片方の腕を捻り上げて押さえ込む。
「い、いた! 痛い! やめて!」
「分かってないなァ、お兄さん。お前に抵抗の余地はない」
力を入れると、男からは甲高い悲鳴が上がり、無様に足をバタつかせる。
すぐにも笑みを浮かべ、抗う気力を奪われた男を覗き込み、漆黒の空を侍らせながら猫撫で声で言い聞かせる。
「これ以上、痛い思いはしたくないだろ? 俺の言う事、聞いてくれるよね」
怯えを滲ませる頬を撫でれば、言葉を失った男が弱々しく頷いている。
「何処で手に入れた……?」
言葉を投げ掛け、返答を待ちながら見下ろしていると、不意に足音が近付いてくるのを感じる。
顔を向けると、次第に雨足が強くなっていく中、複数の人物が真っ直ぐに此方を目指している。
身に覚えはなく、しかしながら用があるだろう事は明白で、物々しい雰囲気に晒されてゆっくりと立ちあがる。
「何か用……? 俺? コイツ?」
言葉を掛けるも、返答はないままに取り囲まれ、いよいよ面倒な事になってきたとうんざりする。
「誰か喋れる奴いねえの? めんどくせえんだけど、こういうの」
言ってはみたものの、明らかに自分が目的であろう事は分かっており、口を開かぬ輩に面倒臭そうに溜め息を吐く。
「な、なんだよ、なんなんだよ、これぇ!」
「さァ、何なんだろうね。俺もわかんない」
「お前らの仕業だろ! 俺を破滅させようとしてるんだろ! こんな事まかりとおるとでも!」
「うるせえって。黙ってろ」
冷淡な眼差しに射抜かれ、男は途端に黙り込む。
面倒事が舞い込む夜に苛立ちを覚えつつ、一人一人に視線を向けながら様子を窺う。
大人しく解放する気がない事だけは、纏う空気から嫌という程に伝わってくる。
「何でもいいや。早く終わらせてよ。濡れちゃうから」
広げた手に、雨粒が降り注ぐ。
それは少しずつ大きな滴となり、等しく全てを冷たく濡らしていく。
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