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血と洗礼 13

どういう事だ……? 過る言葉に思案を巡らせるも、納得出来るような答えは見当たらない。 最も可能性が高い予想も、傍らで動転する男を見れば誤りである事が窺える。 男とは何ら関係がなく、恐らく眼中にもないように思えてしまう。 かといって身に覚えもあらず、目前にて佇む顔ぶれに何かを思い出す事もない。 だが、嫌でも感じられるのは、己へと向けられる視線の数々であり、意識である。 「お前か」 群れから声がして、視線を向けた先には男が居り、街灯に淡く照らし出されている。 短く刈り上げた黒髪と、額に走る傷が印象的な人物に見覚えはなく、一度会ったら忘れる事の無い威圧感を纏っている。 「人違いじゃない?」 微笑んで軽口を叩くも、当然ながら仏頂面を崩さない。 用があるだろう事は明白で、しかし未だに思い当たる回答を得られず、警戒だけは崩さぬように周囲の動きに集中する。 「お前で合っている。捜したぞ。まさかこんな所にいたとはな」 「俺に用事なの……? コイツじゃなくて?」 「ああ、お前だ」 地べたを這いずる、最早空気のような男を指差せば、淡々と言葉を返される。 「そっか。俺に会いに来たんだ。何の用事もねえんだけど大丈夫?」 「お前に無くとも、こちらにはある。お前に会いたがっている人がいてな」 「俺に……? どっかで会った事あったっけ」 声を掛けるも返事はなく、相手にだけ把握されている現状に苛立ちを募らせていく。 「そろそろはっきりしてくれない……? 暇じゃねえんだけど」 大人しく引き下がるとは思えなかったが、この場から立ち去るべく呼び掛ける。 だが、案の定彼等からは応答が無く、退路を断つかのように距離を狭めてくる。 「大人しく来れば危害は加えない。どうする」 口を開けば気に食わない言葉を紡がれ、さも主導権が自分達にあるかのように振る舞う。 はあ、と溜め息が零れ、今夜はとことんついていないらしい自分自身を恨みつつ、まずは行く手を阻む邪魔者を蹴散らす事に集中する。 避けては通れぬのなら、踏み潰すしか無い。いつだってそうしてきたのだから。 酷薄な笑みへとすり替えながら、方々から今にも飛びかからんとする数多の敵意を感じ取る。 「断ったらどうなるの?」 「ただでは済まない。よく考える事だな」 一歩も引き下がらぬ輩に、笑みを湛えながら駆け出すと、目にも留まらぬ速さで距離を詰めていく。 突然の事態に虚を突かれた群れは、すぐさま前に出て迎え撃とうとする。 リーダー格らしき男を守るべく立ちはだかる輩へと、獰猛な牙を剥いた獣の如く鮮やかに飛び掛かり、一人の顔面に膝を叩き付ける。 防ぐ間もなく打ち抜かれた輩は、鮮血を撒き散らしながら仰け反って後退し、反撃する事も無く無様に崩れ落ちてしまう。 横から繰り出される拳や蹴りをかわし、再び距離をとって後ずさる表情には笑みが浮かんでおり、いたずらが成功した子供のような無邪気さを仄かに孕む。 「スゲエ鼻血。ほっといて大丈夫? 失神してんじゃねえの」 答えは無いだろう事は分かっていたが、一瞬にして空気が変わった現状を肌で感じ取りながら、無礼な群れどもと対峙する。 「それが答えか。後悔する事になるぞ」 一人が倒れても冷静な男は、何事も無かったかのように此の身を脅す。 「俺を飼い慣らしたいなら、ちゃんと示してくれないと」 「なるほど。仕置きが必要か」 平和的な解決は見込めないと察した男の声に、先手を取られた群れが陣形を整えて静かに合図を待つ。 こんな所で遊んでいる場合ではないが、大人しく通す気がないのだから仕方が無い。 薄笑みに陰惨な情緒を纏わせつつ、凶悪な欲望が腹の底からずるりと這い出してくる。 果たして逃げ場が無いのはどちらか、突如として現れた群れを前にして酷薄な笑みが零れていく。

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