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血と洗礼 14

「うわあああ!」 怯えた男が、地べたを這いずりながら情けない悲鳴を上げれば、これまで大人しくしていた群れが一斉に獰猛な牙を剥き、堰を切ったかのように大波となって押し寄せてくる。 あまりの光景に腰が抜けたらしい男が、傍らで惨めに腹ばいで逃げていく様子を尻目に、劣勢に立たされながらも唇には自然と笑みが浮かべられている。 数にして6人、後方ではリーダー格の男が高見の見物を決め込んでおり、まずは目の前の敵を片付けなければ表舞台には引き摺り出せないようだ。 「何なのかなァ、アイツ」 薄闇の向こうにて佇む、額に傷のある男を淡々と見つめながら、今にも襲い掛からんとする兵隊など眼中にないかのように、微動だにせず呟く。 記憶の引き出しを探っても、行く手を阻む彼等へと辿り着く手掛かりはなく、未だに何者なのか分からない。 相手には知られていて、此方には為す術がない現状に微かな苛立ちが募っていく。 だが今は、雑兵を蹴散らす事が先決であり、駆け抜けてきた輩の拳が真っ直ぐに顔面を狙って繰り出されてくる。 「ちょっと、顔はやめてよ。痣になったらどうしてくれんの? 責任取ってくれるわけ?」 軽口を叩けど反応はなく、一心不乱に狙いを定める拳を避けながら、鮮やかに旋回して痛烈な蹴りを相手の脇腹へと叩き込む。 体勢を崩した男の背後から現れた刺客の手には刃があり、鋭い切っ先が一線を描きながら鼻先を掠めるも、臆する事なく新たな一人と対峙する。 「怖いなァ、そんな物騒なもん振り回さないでよ。俺、血とかダメなんだよね。か弱いからさ。見逃してくれない?」 微笑を浮かべたところで相手には通じず、軌道を読んですんでのところで躱しつつ、瞬時に隙を突いて足払いをする。 手にしていたナイフを奪い取り、よろけた輩の太股へと思い切り刃を突き立てると、くぐもった悲鳴を上げながらその場に倒れ込んでいく。 「あ~あ、痛そう」 立ち上がれない輩に声を掛けつつ、新たに飛び出してきた兵隊に視線を奪われると、勢い良く繰り出された拳を避けて転回し、相手の顔面へ肘鉄を叩き入れる。 顔を押さえてよろけた男へ間髪入れずに足を上げると、脇腹を守るべく防御の姿勢を取った事を機に軌道を変え、苛烈な蹴りを顔に喰らわせる。 素早い動きに遅れを取った輩は崩れ落ち、追い打ちとばかりに相手の肩へ手を添えてから跳ね上がり、顔面に膝を叩き込んで完膚なきまでに力の差を見せ付ける。 「まだ、やる?」 倒れ込む輩の数が増え、残った者へと視線を向けながら、これ以上は無駄だと言わんばかりに言葉を掛ける。 だが、それで引き下がるような利口さは持ち合わせておらず、端から分かりきっていた。 リーダー格の男は、一部始終を静かに見つめるばかりで動向が読めず、薄気味悪い。 次第に雨足が強くなっていく中、望まぬ状況からなかなか抜け出せない事に苛立ちを募らせつつ、目前の敵と対峙する。 「ねえ、アンタはまだ出てこないの? 大事な兵隊、いなくなっちゃうよ?」 揶揄するように声を掛けるも、傷の男からは何の反応も無く、相変わらず高見の見物を決め込んでいる。 クソ野郎が、と内心で毒づき、突如として現れた一団と相対しながらも着実に手勢を片付け、謎めいた男との距離を縮めていく。 次々に配下を沈められても顔色一つ変えず、一向に動揺は見られない。 意図が読めないまま手の平で転がされるような状況は不快でしかないが、同時に手加減の必要がなくやりやすい。 欠けた群れが間合いを詰めながら、先程よりは慎重に動向を窺い、仕掛けるタイミングを見計らっている。 雨に濡れた上に、余計な労力を奪われて不愉快極まりないが、彼等にそれが伝わるはずもない。 「まだ、だんまりか。いい加減、気分悪ィな」

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