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掠める片鱗

「おい、有仁(ありひと)……」 雲一つない青空のもと、爽やかに吹き抜ける好風を受け入れながら明らかにご機嫌とは言い難い表情を浮かべ、目と鼻の先で暢気に佇んでいる青年へと声を掛ける。 「ん? なんすか、真宮さん!」 程無くして、人懐こい笑みを湛えながら振り返り、嬉しそうに見上げては言葉を返し、身振り手振りを交えてくる。 トレードマークの帽子を被り、蜜柑色の髪を無造作に遊ばせ、小柄な体型からは想像も出来ないくらいに元気が有り余っている様子で、犬であれば尻尾をブンブンと振っているであろう勢いで二の句を告げてくる。 「晴れて良かったっすよね~! やっぱ日頃の行いがいいからかな~! 早く順番きてほしいッス!」 待ちきれないとばかりにその場で足踏みし、心底楽しんでいる様子を全面に押し出しながら、声を大にして無邪気にはしゃいでいる。 幸せそうで何よりであるし、周りを自然と和ませてしまうような明るさと、親しみやすさを兼ね備えている有仁の前では、僅かな不満などすぐにも掻き消えてしまうであろう。 けれども、いつもであればつい笑みを浮かべてしまうような頃合いでも、今回ばかりはそうもいかない現状であり、腕を組んで眉間に皺が刻まれたままである。 天候に恵まれ、心地好い風に肌を撫でられながらの外出は大変宜しいのだが、置かれている状況が非常に居心地が悪い上に落ち着かず、なんでこいつはこんなにも楽しそうなんだと全くもって理解が出来ない。 「お前な……、なんで俺を此処に連れてきた」 深い溜め息と共に、有仁とは対照的に重く沈んだ声で、先ほどから痛いほどに感じている最大の疑問を投げ掛けてみる。 それを受け、有仁はきょとんとした表情で暫し動きを止めると、やがてニッコリと屈託のない笑みを浮かべながら口を開き、思っていた通りの回答を寄越すのである。 「なんでって……、俺が来てみたかったからに決まってるじゃないすか~! 何言ってんすか、も~う!」 「……だよな。お前ってそういう奴だよな……。知ってた」 自信満々に声を上げ、最高の笑顔で迫られては為す術も無く、がっくりと肩を落としながら額に手を添える。 有仁が居ることで余計に目立ち、時を同じくしている周囲からは当然のように視線を注がれ、誰もが微笑を湛えながらひっそりと見守っている。 先刻から、ただひたすらに佇む事だけを余儀無くされているのだが、後にも先にも連なっているのは妙齢の女性ばかりで、そのような中で明らかに異質な存在として紛れ込んでいる。 なんだかんだと言いながら、大人しく有仁の我が儘に付き合ってしまうのもどうかとは思うが、そろそろ脱出を謀りたい意味で辛抱たまらなくなってきている。 「すみません、真宮さん。有仁のわがままに付き合わせてしまって」 速やかに且つ、なるべく目立たずに立ち去る方法を考え始めていた時、不意に隣からは穏やかな、けれども申し訳なさそうに声を掛けられ、有仁と共にそちらへと視線を向けてみる。 「何もお前が謝ることねえよ。言ったって聞かねえだろ、コイツ」 傍らでは、見るからに品の良い綺麗な顔立ちをした青年が佇み、申し訳なさそうに此方を見つめている。 さらりと風に揺れる茶褐色の髪は、眉目秀麗で知性に富んだ青年にはとてもよく似合っており、物腰の柔らかさも相まって一層魅力を引き立たせている。 「ナキっちゃ~ん、人聞きの悪いこと言わないでほしいッス~! まるで俺がムリヤリ真宮さんを連れてきたみたいじゃないすか~!」 「実際にそうだろ。全く……」 溜め息混じりに返答し、やれやれといった様子で相対しているナキツへと、何やら不満を感じたのか有仁が頬を膨らませている。 咎めるような視線を向けつつ、やがて良いことを思い付いたとばかりに口を開け、有仁が猛烈に反撃を試みる。 「とか言っちゃってさ~……、ホントは真宮さんと一緒に居られて嬉しいんじゃないすか~? セッティングした俺に感謝してほしいっすよね!」 「なっ、有仁!」 「ふっふっふ~、知ってんだぜ! ナキっちゃんがそりゃもう真宮さんのことが好きで好きでたまらないってこと! ねえお姉さん、どう思う!? 激アツじゃね!?」 途端に動揺するナキツを見て、悪戯(いたずら)が成功した無邪気な子供のようにはしゃぎながら、前に並んでいた見ず知らずの女性へと絡んでいく。 あまりに唐突な出来事と、咄嗟に振り返れば雰囲気は違えど端正な顔立ちの青年らから視線を注がれ、状況が呑み込めないままに頬を赤くしてあたふたさせてしまう。 「ハァ……、いい加減にしろ。悪かったな、巻き込んじまって」 いよいよ収拾がつかなくなり、一際深い溜め息を吐き出しながら、周りが見えなくなっている双方へと言葉を掛ける。 そうして突然に巻き込まれ、かと思えばすぐにも蚊帳の外へ追い出されてますます現状が掴めずにいる女性へと、次いで視線を向けて謝る。 「あっ……、すみません。ご迷惑を……」 「ごめんね、お姉さん! ナキっちゃんが素直じゃないからさ~!」 「そもそもお前が悪いんだろ。大体有仁は、いつも適当なことばかり言って真宮さんを困らせて……」 「そんなことないっしょ~! え、つかナキっちゃん、もしかして妬いてる? 妬いてんの、ナキっちゃん! 可愛いとこある~!」 「だから……。いい加減にしろっつったよな、お前ら」 ナキツの堪忍袋の緒が切れるよりも早く、またしてもやりたい放題と化してしまった二人の頭部にげんこつを食らわせ、これ以上何も言うまいと力ずくで黙らせる。

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