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掠める片鱗

「すみませんでした……」 「いって~! 頭割れるかと思ったッス! もうちょっと加減してほしいんすけど!」 「いいから……、お前はもう黙ってろ……」 取り乱したことにショックを感じているのか、しゅんと落ち込んでいるナキツとは対照的に、全くへこたれない有仁は微塵も懲りていない。 「ハッ……! そんなことよりもケーキっすよ!!」 「黙ってろっつったよな」 「あ~! 迷うっすね! でもショートケーキはやっぱ外せないと思うんすよ~! あとモンブランと~、ガトーショコラと~、ああもうとにかく楽しみッス!!」 「お前だけな。見ろよ、この顔。楽しそうに見えるか、おい。肌で感じてんだろ、この温度差」 「いや~、ホンット……。似合わないっすよね~、ケーキ! 超ウケるッス! いて! え、殴った……!?」 「うるせえ。つかもうお前だけで食ってこい。俺は用事を思い出した」 「え~! なんの用事っすか、真宮さ~ん! いやっす、置いてかないで~! 一緒に食べてよ~!」 「真宮さんが行くなら、俺も此処に残る理由は無いな」 「うそ! ナキっちゃんまで!? やだやだやだ~! 俺は三人でケーキが食べたいの~!」 恥ずかしい事この上ない状況で、先程までのやり取りを思えば今更ではあるのだが、余計に目立って周りに見守られている。 甘いものに目がない有仁が引き下がるわけもなく、今に始まったことではないがどっと疲れを感じながら、ケーキや何だと好んで食べるほうではないだけに両手を上げてギブアップ宣言でもしたいところである。 どうしてこうなってしまうのかとげんなりするも、有仁のわがままに付き合っているうちは逃れられない運命であり、最終的にはなんだかんだと言いつつもお願いを聞いてしまうのだから始末に負えない。 「こうなったら……、奥の手を出すしかないっすね! 必殺!」 困った奴だ、なんて物思いに耽っていると、隙ありとばかりに有仁が飛び付き、するりと首に腕を回してくる。 しまった、と思った頃には時すでに遅く、途端に威勢の良さまで掻き消えて何にも言えなくなり、突然の我慢大会が始まってしまうのであった。 「ケーキの為ならば……、俺は鬼にもなるッスよ! どうすか、真宮さん! 参っちゃったんじゃないすか~!?」 「有仁……。一応聞くけど……、その後の事はちゃんと考えてるのか……?」 「いんや、なんにも! 考えてるわけないじゃ~ん! つうわけでナキっちゃん、フォローよろしく! 俺まだ死にたくないッス!」 「だから……、なんでそうなるんだ……」 ナキツが額へと手を添え、肩を落としながら溜め息を漏らす。 次いでハッとし、すみませんとしきりに周囲へ頭を下げている様子が映り込むも、今やもうそれどころではない上にどうしようもなくくすぐったくて死にそうになっている。 「うっ……。テメ、有仁……。分かってんだろうなァ……」 有仁が奥の手と言うだけあって、他人に首を触られるとくすぐったくて仕方がない。 自ら触れる分には何ともないのだが、どうしてか人肌を敏感に察してしまい、こうして抱き着かれようものなら身動きも取れない程度には態勢を崩されてしまう。 最早弱点といっても過言ではないだけに、誰にも明かすつもりはなかったのだが、今と同じような出来事に遭遇していたせいで、ナキツと有仁にはすでに知られていたのであった。 ナキツはいいんだよ、ナキツは……。問題は有仁だ……。 「何やってるか分かってんのか、お前……」 「わかんないッスー! え、真宮さん……。もしかして怒ってる……? 怒ってるの?」 「怒ってねえから手ェ離そうな……」 「ヒッ! ナキツ~! 死にたくないよ~! 助けて!!」 「ああ、もうっ……。結局こうなる事なんて分かりきってただろ? 本当にすみません、真宮さん……。すぐに離れさせますから……」 一瞬でも油断すれば間の抜けた声が漏れそうになるのを懸命に抑えながら、少々前へと身体を傾かせて辛抱たまらない地獄の一時が過ぎてくれるのを待ちわびる。 「ん? あ、電話だ」 すると、絶妙なタイミングで有仁から音が聞こえ、次いで今までのことが嘘であったかのようにアッサリ離れると、目当てのものを探り出して耳に押し当てる。 通話を終えた瞬間がテメエの命日だとでも言わんばかりに拳を握り締めていると、初めこそ軽快に口を開いていた有仁の顔色が急に変わる。 先程までの雰囲気とは打って変わって真面目になり、何度も真実であるかを確かめるように電話の相手を問いただしており、思わずナキツと視線を交えながらただ事では無さそうな空気に言葉を失う。 「真宮さん、鳴瀬さんがっ……!」 そうして通話を終えて即座に発された言葉を聞いて、続きを告げられる前から嫌な予感が背筋を這い回り、こういう時の予想ほど外れてはくれない。 次いで紡がれた言葉を聞いて一気に駆け抜ける緊張感に、それまでのやり取りなど忘れて真剣に頷き合うと、いてもたってもいられないとばかりにその場を後にしていく。 半ば信じられない事態であり、一体何故そのようなことになっているのか見当もつかず、知らせが誤りであれば良いのにと願わずにはいられない。 けれども有仁ははっきりと、自分でも信じられないのであろう情報を告げ、目的地へと向けて現在も行動を共にしている。 鳴瀬と呼ばれた者、正義感に溢れた優しく芯の強い男であり、お互いに身の置きどころは違えど、他愛ないことを笑って話せるような仲であった。 そのような存在が病院に担ぎ込まれたと知らされ、未だに現実味を帯びないまま焦燥感ばかりが募り、後から後から疑問が押し寄せてくる。 何故、どうしてと思考を巡らせたところで、何が分かるわけでもなければ気休めにもならない。 一刻も早く辿り着いて状態を把握しなければ。

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