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掠める片鱗

今は何よりも安否が気遣われたが、怒涛のように流れていく時の中で、表面上ではなんとか平静を装ってはいたものの、頭の中では次から次へと絶えず思考が張り巡らされており、とてもじゃないけれど落ち着いてはいられなかった。 表情は一段と険しくなり、どのような心情で歩を進めてきたのかも分からないくらいに動揺し、自分で思っているよりも遥かに混迷を極めている。 「どういう事だ、有仁! 鳴瀬が怪我してるって……、確かなんだろうな!」 「俺も信じたくはないっすけど! でも嘘つくような奴じゃないんで! 何かあったのは間違いないッス!」 「あの鳴瀬さんが……、にわかには信じがたいですね……」 鳴瀬が病院に運び込まれていると知ってから、すぐさま三人とも平穏な日常を後にしていた。 先頭を切っていた有仁が道路へと身を乗り出し、両手を振って一台のタクシーを止める。 「二人とも、こっちッス! とにかく急がないと!」 「真宮さん、乗ってください」 開かれた後部座席の扉を前にして、ナキツに促されるまま奥へと身を寄せると、有仁が慌ただしく助手席のドアを開けて滑り込むように座席へと腰を掛ける。 それを確認してからナキツも後部座席へと乗り込み、扉が閉められるよりも早くから有仁が行き先を告げ、口数少なく運転手がハンドルを握ると、車線に合流するべく方向指示器を立ち上げる。 カチ、カチ、という音が響き渡る車内は、暫しの静寂に包まれていた。 「全然、現実味がねえ……。アイツが怪我してるなんて思いたくもねえ」 「そうですね……。突然のことで、俺も動揺しています」 一体、何故そのような目に遭ってしまったのか、外の景色を眺めていても一向に気は紛れてくれず、ぐっと左手首を掴んで力を入れる。 落ち着きもしなければ、少しも気分が晴れることはなく、ドクドクと脈打つ鼓動を感じながら瞳を閉じ、正面を向いて顔を俯かせる。 今の自分には祈ることしか出来ず、歯痒い。 寡黙な運転手は必要なこと以外は一切喋らず、有仁は乗り込んでからずっと携帯電話を弄り、情報収集に勤しんでいる。 ナキツは時おり車窓からの景色を眺めながらも、此方の身を案じるように視線を投げ掛け、何処となく思い詰めた顔をしている。 「何も出来なかった自分が歯痒いです」 「それは俺も同じだ。アイツ……、どういう状態なんだろうな」 「どうでしょうね……。有仁もまだ、詳しい情報は掴んでいないようですし、きっと誰もが同じ状況なんでしょう。これから駆け付けるところなんですよ、俺達と同じように」 脳裏を過るのは、屈託のない笑みを浮かべた鳴瀬の姿であり、馴染みの場所で語らう情景が思い出される。 聞こえは悪いかもしれないが、双方共にそれなりの人数を有する群れを束ねている立場であり、俗にヘッドとも呼ばれている。 チームの様相は様々であり、自陣のように無益な争いを良しとしないところもあれば、世の裏側に足を踏み入れて如何なる残虐な行為も辞さない集団がいることも事実である。 中でも鳴瀬のチームは得体が知れず、彼が上に立つまでは血の匂いを嗅ぎ付けるように物騒な現場に現れては、更なる破壊を求めて暴れまわっているような一団であった。 それが鳴瀬の出現でなりを潜め、そうしてこれまで一切関わりのなかったチームとの、頂点のみではあるけれども接点を持つようになった。 彼はとても良い奴で、何故そのような集団で頭を張っているのか不思議に思えてしまうくらいには、地に足のついた生活をして誰とでも分け隔てなく接するような明るさと、正義感を兼ね備えていた。 変えたいから、見ていられなかったから此処にいるとも、ある時に言っていたことを思い出す。 立場上敵は多かったが、それは等しく自分にも言えることであると、密やかに息を吐きながら思う。 だが鳴瀬という男は、芯の強さもさることながら、荒事を制する能力にも長けており、だからこそ血の気の多い集団を黙らせていることが出来たのであろう。

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