6 / 335

掠める片鱗

「二人とも! 特に真宮さん! 広いから迷子にならないようちゃんと付いてくるんすよ!」 目の前へと辿り着けば、さながら引率の先生のような言葉を紡ぎ、有仁が腰に手を当てて佇んでいる。 「幼稚園児か、俺は」 「迷子になるっつったら、やっぱ真宮さんじゃないすか~!」 「なんねえよ。なったことねえだろ」 額を小突くと、大袈裟によろめいた有仁が暴力反対と訴え、騒がしくまとわりついてくる。 それがなんだか可笑しくて、そんな場合ではないと分かっていても、張り詰めた緊張感が少なからず和らいでいく。 「幼稚園児っつったらお前だろ? あんま身長変わんねえんじゃねえの? ごっこ遊びがしてえんならのってやるけどよ。先生って言ってやればいいのか?」 「身長関係ねえしー! チビなんて! ひどいっすよ、真宮さん! 俺だって精一杯生きてるのに!」 「いや、俺もそこまで言ってねえけどな」 笑いを堪えながら言葉を紡げば、すかさず有仁が猛烈に異を唱え、それこそ幼い子供のように唇を尖らせている。 爽やかな風が肌を撫で、陽光を感じられる場所で佇みながら、怒らせているのに笑ってしまうという本人にとっては大層失礼な話ではあるが、まだ日常が変わらずそこにいてくれているようでホッとする。 「ハハッ、わりーわりー。まあ、そう拗ねんなよ」 「拗ねるなんてもんじゃないッスよ! もうプンプンっすよ! プンプン!」 ブンブンと両手を振りながら不満をあらわにされ、丁度良い位置に有仁の頭があることから、つい触れては宥めるように帽子の上から撫でてしまう。 それが更なるお怒りを買うことを重々承知してはいるのだが、なかなかどうして、丁度良い位置にあるものだからついついはたいたりしたくなってしまうのだ。 有仁からしてみれば、全くもって迷惑な話である。 「俺の身長分けてやってもいいんだけどな。分けれるもんなら分けてやりてえよなあ、ホント」 「うおおお自慢! 俺を気遣っていると見せかけての遠回しな自慢! くやしいッス~!」 「ま、しょうがねえよな。お前はこのくらいがちょうどいいんだよ。可愛くていいんじゃねえの?」 「納得いかないッス! 俺はまだまだ伸びる! そう信じてやまない!」 「可哀想にな」 「うわ~ん! 真宮さんのバカバカバカ~!」 泣きに入った有仁にポカポカと身体を叩かれ、悪かったって、と言いながら宥めている一連の流れを見ていたナキツが頃合いを見計らって、そろそろ終わりにしなさいとでも言うように言葉を掛けてくる。 「二人とも、場所を考えて下さいね」 それによって有仁と共にハッとし、ギリギリ病院の外であったといえども騒がしくしてしまい、気を回してくれているナキツにも謝ったのだが、俺の時と誠実さが違う! とまたしても有仁に怒られていた。 しかし、無邪気な有仁と優しく見守ってくれているナキツのお陰で、ずっと張り詰めていた緊張の糸が、だいぶ解れていったように感じられる。 「んじゃ! 気を取り直して行くッスよ!」 元気に告げられた言葉を合図に、きっと大丈夫なのだと先程よりも思うことが出来て、気持ちを切り替えて今度こそ足早に目的の場所へと向かっていく。 広い院内では常に人が行き交い、時間帯も関係しているのか大勢の人々が待ち合い室の椅子に腰掛けており、それぞれに異なる事情を抱えている。 消毒の匂いを感じ取りつつ、いざ向かうとなるとまたしても表情が険しくなっていき、明るい院内にいても何処かのし掛かるように不安要素が取り巻いてくる。 雰囲気に気圧されているのか、普段は立ち入らない場所での独特な空気に触れて、切ないような何とも形容し難い気持ちになってくる。 一番しっかりしなければいけない立場だというのに、悪い予感を振り払うように静かに息を吐いて、脆弱な自分を律しなければと気合いを入れ直す。 物珍しそうに辺りを見回しながら歩いている有仁が、唐突に(つまず)いてナキツと共に咄嗟に手を出して支えつつ、両者から小突かれてぺろりと舌を僅かに出して照れ隠しをしている。 手のかかる奴だと思いながら階段を上り、有仁の後を追って長い廊下を歩んでいく。 鳴瀬の状態については誰も触れず、暗黙の了解でもしているかのように話題を逸らし、他愛のないことばかり話している。 無駄な言動を繰り返していたところで、すぐにも偽りなき答えが待っている。 歩いていくうちに、やがてたくさんの部屋が眼前に広がっていき、本当にもう少しなのだと理解する。 有仁に教えられた番号を思い出し、背後で同じように名札を一つ一つ確認していきながら、徐々に近付いていることを感じ取る。 様々な想いが駆け巡り、会ったらなんて言ってやろうかと思いつつ、やがて三人の足は同じ部屋を前にしてピタリと止まる。 鳴瀬 (こう)、ネームプレートに書かれている名前を見つけて、思わずハッと息が詰まる。 あんなに会いたいと思っていたのに、閉ざされている扉を前にして足が鉛のように重くなっていき、室内の様子を想像して色々と考えてしまう。 息を潜め、考えるよりも行動で示すべきだと戸に手を掛けようとすると、背を向けていた有仁が静かに言葉を紡ぎ出す。 先程までの明るさが嘘のようにか細く、複雑な感情が声にも表れている。 「命に別状はないそうっす。でも……、まだ目覚めてないらしくて……。ボッコボコにされて、パッと見誰だかわかんないって……、先に見舞いに行ってた奴から聞きました」

ともだちにシェアしよう!