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掠める片鱗

ぐっと拳を握り締め、絞り出すようにして詳細を紡ぎ、これから入室する者にとって酷な現実を突き付けられる。 怒りや悲しみで埋め尽くされ、身体を強張らせたまま一歩も動けないでいる有仁を前に、つい今しがたの台詞が思い出される。 一目では誰か分からない、それほどまでに痛め付けられて未だ眠りに就いている者が、引き戸一枚隔てた向こうで静寂に身を預けている。 誰の訪れを待つわけでもなく、血相を変えて飛んできている存在も知らず、ただただ深い意識の底へと身を横たえさせている。 気まずい沈黙が辺りを支配し、先頭に立っている有仁はなかなか踏ん切りがつかないのか、容易く開けられる戸に手を掛けられないでいる。 実際に見たわけではないのだから、有仁にも鳴瀬の状態が如何様(いかよう)であるかは分かっていない。 それだけに聞いていた話から様々な最悪の状況を想像してしまい、今になって無駄な空想でしかないもしもの世界が有仁の足を引っ張っている。 気持ちは分かる、痛いほどに。 此処に辿り着くまでの間、どれだけ同じように考えてしまっては振り払い、苛まれてきたことであろう。 どれだけ明るく振る舞っていたところで、気分は晴れ渡らずに何処かで引っ掛かり、とうとう目と鼻の先まで来てしまった。 鳴瀬のことを知っているだけに、先で待ち構えている現実を思うと辛く、居たたまれない。 「真宮さん……」 けれども、いつまでも立ち尽くしているわけにはいかず、懸命に一歩を踏み出す勇気を溜めている有仁の肩へと手を添える。 すると不安げな表情が此方を見上げ、おずおずと名前を口にする。 複雑な表情で有仁の後ろ姿を見つめていたナキツも、紡がれた名前を聞いて視線を投げ掛けてくる。 それらに応えるように、前を見つめながら微かに頷くと、肩に乗せていた手を離して戸に近付ける。 行動を見ていた有仁がそろそろと脇に避け、ゆっくりと伸ばされていた手が引手に触れると共に、一拍も置かずにすぐさま開け放たれる。 一瞬でも手を止めていたら、また余計なことを考えてしまいそうで、せっかく奮い立たせた気持ちを妨げかねなかった。 だからこそ振り払うように、少々勢いが良すぎるくらいに力強く戸を開け、室内を視界に収めていく。 そうして弾かれるように病室へと入っていき、靴音を耳にしながら間仕切りの向こう側を目指すと、すぐにも見えてきた光景に思わず息を呑む。 「鳴瀬……」 鈍器で殴られるような衝撃を受け、血の気が引いて頭の中が真っ白になっていく感覚を覚えても、双眸はしっかりとベッドで横たわる男の姿を捉えていた。 惨さに堪えかねて視線を逸らしたくても、縫い付けられているかのように目を離すことが出来ない。 痛々しい現実を前に暫くは何も考えられないまま立ち尽くし、ぼんやりと眠りに就いている鳴瀬を眺める。 「ひどい……、誰がこんなことを………」 傍らで佇んでいたナキツが、途切れながらもやっとの思いで言葉を紡ぎ、包帯を巻かれている青年へと視線を向けている。 有仁はうっすらと目に涙を滲ませ、微かに唇を開くも言葉にならない様子であり、殴られて顔を腫らせている青年を見つめている。 「鳴瀬……」 確かめるようにもう一度、静かに名前を呼ぶ。 当然のことながら反応は得られず、一目では鳴瀬と結び付けられない姿をしている青年が、目の前で痛々しく横たわっている。 一体誰が、何の為に、ここまでのことを強いたのであろう。 額から左目にかけて包帯を巻かれ、頬や鼻には被覆材(ひふくざい)が貼られており、腫れや(あざ)の症状が見てとれる。 右の目蓋も腫れてはいたものの、まだ他の箇所に比べたら軽傷の部類なのか、具合が見えないような治療を施されてはいなかった。 それでも痛ましい姿であることには変わりなく、言葉にならない激情が全身を駆け巡っていき、ぐっと固く拳を握り締める。 「こんなの……、普通じゃないッス。なんで……、ここまでボコれるなんて、おかしいっすよ……」 傍らで声を震わせ、苛立ちや切なさで感情を昂ぶらせている有仁が、断片的に言葉を羅列していく。 様々な想いが入り交じり、本人も未だ整理出来ていないようであり、思い付いたことを片っ端から紡いでいる。 有仁の言葉通り、鳴瀬の様相からは相手方の慈悲を一切感じられず、とにかく滅茶苦茶に、寄ってたかって攻撃を加えられたような印象を受ける。 普通じゃない、確かに今の事態は考えられない状況であり、鳴瀬がここまで一方的に痛め付けられていることに違和感を覚える。 気性の荒いチームを押さえ付けていられるだけの実力があり、少々囲まれたくらいでは動じないであろうし、はね除けるだけの強さを備えているはずだ。 「鳴瀬……、何があった……」 対処しきれぬほどの人数に取り囲まれたのか、不意を突かれたのか、あるいは何か弱みを握られるような状況に陥ったのか、考えてみたところで分かるはずもない。 それでも、答えないと分かっていても、唇からは自然と言葉が紡がれていく。 お前をこんな目に遭わせたのは誰だ。 火炎が轟々と吹き荒れる胸の奥底から静かな、けれども憤怒を孕んだ声が響いてくる。 鳴瀬の側へと移動し、そっと布団を捲り上げて内部を確認すると、また静かに元の位置へと戻す。 無事であるわけがないと容易く予想がついていても、やはり実際に怪我を負っている身体を目の当たりにするのは、どれだけ覚悟をしていても辛かった。 その手で一体、どれだけの数を相手にして押し切り、やがて波に呑まれていってしまったのだろうか。

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